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2006年10月 7日 (土)

オットと暮らす

オットと親しくなってから,そろそろ7年たつ.今でこそ,オットは当たり前のように私のそばにいるが,7年前はそうではなかった.実は彼は私にとって憧れの人間の一人だった.オタクなんだけど屈託のなさと愛嬌でみんなに好かれていて(そのように私には見えた),何よりも自分が大好きというところが羨ましかった.そんなわけで憧れの人間であるオットと付き合い始めのしばらくは,何をしても楽しくて,今思い返しても幸せな日々だ.(ただ,その頃は若気の至りもあって,思い出すと恥ずかしいこともたくさんした.踊る阿呆と見る阿呆だったら,踊る阿呆の方が人生何倍も得していると思うので,それもよしとしたい.)

オットと暮らすようになってびっくりしたところがいくつかある.

一つは朝からずっとテンションが高く,喋りっぱなしなところ.私は朝がとても苦手で,朝の私は目も半分しか開いていないし,声もいつもに増して低くぼそぼそと喋るぐらいなので,オットの様子に少しびっくりした.しかし,直に慣れて,オットが朝から大きな声で喋っているのをボーっとみるようになってきた.私が出産のときに手伝いに来てくれた実家の母も,同じようにびっくりしていた.

二つめは毎日お酒を飲むこと.私の家では,お酒というのは「ハレ」の日に飲むものであり,「ケ」の日には飲まなかった.つまり家にお酒は常備されていなかった.オットは毎日のようにビールを飲むため,家にはいろんなお酒が常備されている.しかもオットはお酒に強いので,注意をしないと飲みすぎる.休肝日をつくっているかどうかも,注意しないといけない.一緒に暮らす前は,「私と会う日は特別な日(ハレの日)なので飲んでいる」と勝手に解釈していたのだが(なんて私は自分の都合の良いように解釈する幸せものだったのだろう),そうではなく,習慣的に飲んでいるから私と会う日も飲んでいるだけだったのだ.

三つめは,プロ野球の勝敗に機嫌が左右されること.私の機嫌を左右するのは,人間関係や自分に対する評価といった自分に関することがらだけのような気がする.オットは逆に人間関係や評価についてそれほど頓着していないように思うし,私はそれをいつも羨ましく思う.それなのに,贔屓の球団が負けたりすると,とても機嫌が悪くなるのだ.とても不思議だ.そういうわけで,私は野球に興味がないのだが,おかげでプロ野球の試合結果や順位などを少し気にするようになった.

多分,オットも私の習慣としていることで,違和感があることが多数あるだろうと思う.一緒に暮らすということは,お互いが暮らしてきた家の文化のギャップをうめていく作業の繰り返しなんだと思う.月並みな結論だが,そうした作業をする中で,私達の共同体としてスタイルをつくっていけたら,と思う.そして,こうした作業の繰り返しが,私達の共同体を維持させているんだと思う.

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