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2007年6月

2007年6月20日 (水)

旅の日記その3(旅先で一人になること)

今回のモントリオール旅行は、学会への参加が目的なので、N教授をはじめ、多くの知り合いが来ているのだが、なにぶん携帯電話を持っていないので、すぐ人とはぐれて一人になってしまう。
一人になるのは淋しいといえば淋しいのだが、これはこれで悪くない。むしろ、旅先で一人になるのは結構好きで、一人になる理由ができて少しうれしい。
海外で一人でブラブラしていると、地理や状況に不案内であることに加えて、言葉が通じない。なおさら「私はこの世界で異分子なんだ」という思いが強くなって、楽しくなってくる。
子どもの頃に母親に連れて行ってもらった巨大迷路に迷い込んだ感じに似ている。不安なんだけどわくわくする感じ。

片言の英語と笑顔で、何とかお店の人と意思疎通しながらお買物をすること。
適当な道を歩いては、道に迷って、ドキドキしながら地図を眺めること、そして親切な人に道を教えてもらうこと。
バスや地下鉄とか、慣れていない乗り物に乗ってみること。ドキドキしながら切符を買って、ドキドキしながら降りる駅を探すこと。
旅人なので、勝手がわからないのは当たり前。
ときどき呆れられた顔をされたりもするけど、だいたいの場合はみんな優しく教えてくれる。
こういう小さな1つ1つのことが楽しい。

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2007年6月19日 (火)

旅の日記その2(モントリオールの印象)

20070620298 モントリオールって、たぶんすごく普通の町だ。特に観光地でもないし、街並みがめちゃめちゃきれいでもないし。
でも、ここ3日ほど過ごして、居心地が良くて、すごくよい町だと思った。

モントリオールで一番感心したのは、多くの人が通りを眺めて楽しんでいること。バルコニーやアパートの前といったところから、多くの人が特に何をするでもなく、道路を眺めている。日本ではバルコニーというのは洗濯物を干す場所で、いすを置くスペースはほとんどないし、そこにいたがる人もあんまりいない。オープンカフェもたくさんあって、楽しそうな雰囲気が歩行者にも伝わってくる。
わたくしがこのことにひどく感心したのは、飛行機の中でたまた読んでいたジェイン・ジェイコブスの「アメリカ大都市の死と生」の影響である。
ジェインはいう。「都市地域がうまくいくための基本的な条件は、一人の人間が自分の知らない人々の間にいても、必ず自分は安全で心配ない状態にいるのだと安心していられるようでなければならないということである。」
「私たちの町には、町の秩序を作りあげているありがたい住民たちが大勢住んでおり、皆の目が常に注がれているために、比較的容易に町の平和が保たれているのである。」
よそ者の最たる者で英語もろくに喋れない私という旅行者が、暢気に楽しく散歩できるのはこういうこういうことだと思う。

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2007年6月18日 (月)

旅の日記その1(物価が高いこと)

学会でカナダに来ている。円安とカナダドル高で、物価がとても高い。(I氏がいうには、この半年間で15%ほどカナダドルが高くなったとのこと。)

行く前から嫌な予感はしていた。安いホテルがみつからないのだ。できるだけ街中で、できるだけ安いホテルを探したのだが、一番安くて1泊11,000円で朝食なし。

自動販売機でダイエットペプシを買おうとしたら、1本2.5ドル(約300円)もした。(小銭がなかったので、10ドル札をいれたら、10セントと25セントのお釣りがジャラジャラ出てきて辟易。これがモントリオールクオリティ?)
お昼ごはんも高くって、そんなに高級じゃない感じのレストランでランチを食べたら10ドル+税金+チップで12ドル(1500円)。あんまり高いので、中華街ばかりでご飯を食べていた。中華街だと6ドルぐらいでおなかいっぱい食べれる。

貸し自転車もとっても高かった。なんと1時間8ドルもとられた。私は2時間だけしか借りなかったのだが、8ドル×2時間+税金=18ドル(2250円)もかかった。日本だと500円ぐらいで借りれるのになー。自転車道を堪能できたからよかったけど。

私は旅に出ると、スーパーマーケットでお買物をするのが好きなのだが、今回は物価が高いせいであんまり買えなかった。リンツのチョコレートが3.5ドル(440円)って、買う気が萎える。いつもならスーパーマーケットでお土産用のお菓子を買っちゃったりするんだけど、日本で売っているものばかりだし、あんまり安くないし。

当然のことながら、こうやって円安が進むと、海外に出かけるのがあんまり楽しくなることを実感した。

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2007年6月17日 (日)

映画寸評

学会でカナダに行くのに飛行機に10時間以上乗っていたので、映画がたくさん見れた。
長時間飛行機に乗るのは5年ぶり。昔はファーストクラスにしか付いていなかった設備がエコノミークラスにも付いているので、個人個人が好きな映画を選んでみることができる。
映画を一人でゆっくりと見れること自体が久しぶりだったので、うれしくなって4本も見てしまった。

「ラブソングができるまで」
ヒュー・グラントとドリュー・バリモア主演のバリバリのラブコメ。
ベタベタで期待を裏切らない展開なので、お気楽にのんびり見ることができる。
映画の中で、ヒューグラントは、80年代に売れに売れたというバンド「POP」のメンバーだったという設定だったのだが、これがすごくよくできていた。
楽曲は、シンセ使いまくりでベースとドラムがすかす。私が中学生の頃は、こんな楽曲ばかりだった。
ビデオクリップもよくできていて、腰を振ったり縦ジャンプしちゃう恥ずかしいダンスにはめちゃめちゃ笑った。
1つだけ違和感があるとすれば、ドリューが「いい女」役であること。
私はドリューのことが大好きなんだけど、いわゆる典型的な「いい女」ではないと思う。
彼女の良さは身近にいそうな普通の子が、よく見るとかわいいというところだと思うんだけど。
評価:★★★★

「どろろ」
よくできていない、よくできていないとは聞いていたが、本当によくなかった。
どろろ役の柴咲コウは大人の事情があるんだろうけど、本当にミスキャスト。
原作を読んだとき、私は途中までどろろは男の子だと疑うことがなかったのに、柴咲は、どう見ても女の子にしか見えない。
英語の字幕も「SHE」「HER」「BITCH」と最初から女の子扱い。「女にならないぞ」とか叫ばれても、いや、あなた女の子にしか見えないし。
それよりもさらにうんざりしたのが、魔物をやっつける場面。チャチなCGをきりつけるだけ。子ども向けの戦隊もののレベル。
原作の「どろろ」って、1つ1つの魔物が人間世界をいかに巣食っているかという個々の物語も面白くて、それを包括するように全体の物語があって面白かったと思う。
だから映画化するとしたらロードムービーになるしかない、と思うんだけどな。
個々の話を切りすぎて話に深みがなくなり、物語の核がどこにあるかわからなくなってしまった感じ。
評価:★

「ビッグリバー」
「どろろ」でロードムービーの期待を裏切られたので、この映画の素直なロードムービーぶりにとっても満足。
国籍も事情も異なる3人がアメリカを旅する。一人ひとりのキャラクターがちゃんと立っていて、みんな愛すべき人達。
全編英語で主役の3人のうち2人が英語を母語としないせいか、シンプルな会話で物語が進む。
本当にこの映画の人達は喋らない。喧嘩をして許す時も、お別れする時も多くの言葉を費やさない。一言か二言。あとは表情と態度でわかりあう、というシンプルな人間関係がいい。
主演のオダギリジョーって、昔の浅野忠信をもっと軽くした感じ。好きなタイプの俳優さん。
全然知らない監督で全然期待しないで見たのだけど、本当に面白かった。
(でも、子どもの頃ってロードムービーって退屈で嫌いだったな。ストーリーがあんまりないように思えたから。大人になると好みが変わる)
評価:★★★★★

「バブルへGO」
ホイチョイ・プロダクションズプレゼンツ。もうこれだけで懐かしい雰囲気が漂う。
「ラブソングができるまで」と同じく、80年代に青春を送っていた人は懐かしいあの頃が思い出せていいかも。
私自身はバブルの頃はまだ中学生だったので、バブルについてはあんまり知らないんだけど、80年代のファッションとか風俗とかはやっぱり懐かしくて、何だかうれしい。
やばい腰ふりダンスとか、女の子の独特の化粧(濃い眉毛と赤い口紅ってありえない)と服装(ピッチピチのボディコンと濃い色のストッキング)とかが、恥ずかしいけどよくできている。(吹石一恵は、古風な顔立ちなせいか、バブル期のファッションがよく似合っていてかわいかった。)
でも、ただそれだけなんだよな。
この映画からは「バブル大好き」という主張しか聞こえてこない。バブルに対する違和感とかは全然ない。
たぶん、ホイチョイの人達は、バブルが大好きだったんだろな。あの軽薄で、誰しもが誰しもが金持ちになれて、金で何もかも解決できると信じていた時代を。
私は、そんな時代はやっぱり虚像にすぎなかったと思うし、この映画の反省の無さ加減には違和感がある。
評価:★★

そんなこんなで文句を言いながら4本も見てしまった。帰りの飛行機で見るものがあるかどうか心配。

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2007年6月16日 (土)

娘と空

20070527191 ある晴れた日に、いつもどおり娘を保育所に迎えに行った。保育所の玄関を出た瞬間、「どうしてお空がきれいなの?」と小さく叫んだ。その声で、私は初めて夕焼け空に気付いた。「夕焼けっていうのよ」なんて教えながら、少しだけ幸せな気持ちで帰途につく。

私には何の変哲もない日に思えても、娘の目からみたら日々発見だらけなのかもしれない。こうした娘のふとした言葉に、幸せって身近に落ちているものなんだ、と今さらながら思う。幸せって、こういうささいな日々を繰り返し大切にすることなんだろうな、と。

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2007年6月 9日 (土)

プレッシャーに弱い

私は大雑把な性格で、「繊細」、「神経質」といった性格からはかけ離れていると思っている。だが、どうもプレッシャーにとても弱い性格のようだ。

子どもの頃、繰り返しやらかした病気に「自家中毒」がある。かかったではなく、「やらかした」と書いたのは、自家中毒という病気は、ウイルスとか病原体に負けて病気にかかるのではなく、精神的なプレッシャーや疲れにより身体のバランスを崩して自分で引き起こしてしまう病気であるから。私は自分自身がよくやっていたので、ごくありふれている病気だと思っていたが、周りに聞くとあんまり知っている人がいない。

初めて自家中毒になったのは、幼稚園の卒園式で、在園児代表として送辞をよむことになったとき。送辞をよむことになったのは、私が適していたから、というより、たまたま母親が保護者会の会長をしていたというのが理由。その後は、小学校の卒業式でエレクトーンの伴奏をするとか、中学校の立志式で壇上で作文を読むとか、人前で何かをするときには決まって自家中毒をやっていた気がする。

で、今回。三十路を過ぎたというのに、自家中毒によく似た症状が出て、自分でも笑ってしまった。今回の原因は、研究室のゼミでの発表。研究内容をうまくまとめることができず、そのプレッシャーで胃腸の調子が悪くなり、食欲がなくなった。ゼミ発表の前日からは、微熱が出た上に、固形物が食べれず、ゼリーとジュースを食べて過ごした。あまりの顔色の悪さに、先生方からもかなり心配され、「ゼミ発表が終わったらすぐ帰っていいぞ」という優しいお言葉をいただいたりした。

こんなわけで体調があまりにも悪かったのだが、ゼミ発表自体はかえって開き直って発表できた。先生からのコメントは、可もなく不可もなく、という感じ。まだまだ突っ込みどころも多いし、検討するべきところも多いが、研究自体は少しは前進している、というところを示せたような気がする。思えば子どもの頃も、体調が悪いとかえって緊張せずに本番に臨めたのを思い出した(本番の直前まで保健室にいたような気がする)。

で、その後の体調は、ゼミ終了後から急速によくなり、次の日からは普通の体調に戻った。このことから判断するに、どう考えても今回はゼミ発表が原因の体調不良ということなんだと思う。たかだかゼミ発表のプレッシャーで胃腸を壊してしまう自分の気の弱さがうらめしい。何でこんなにプレッシャーを感じるのかということをツラツラと考えてみたのだが、私自身の「こうみせたい」という理想の自分と私本来の能力の間に乖離を感じ、その乖離をうまく埋めきれないからなのかと思う。まとめると、私は自己顕示欲が強いのに、自分に自信がないということなのかな。娘にこの性格が遺伝していなければいいのだけども。

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