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2007年10月

2007年10月28日 (日)

MIKA

Mika  今、MIKAにはまっている。あまりにもはまりすぎて、iTunesでアルバムごとリピートさせて何回もしつこく聞いている。こんなに1枚のアルバムを聞き込むのは、中学生のときに出会ったFlipper's Guitarと大学生のときに出会ったJelly Fish以来かも。どちらのユニットも次回作が出るのが楽しみで楽しみでたまらなかったのに、あっけなく解散したのには本当に泣いた。MIKAは一人ユニットなので、解散する気配がないのが安心。

 MIKAの曲は、何だかどこかで聴いたことがある曲ばかりのような気がする。AmazonのレビューでQueenに似ているというコメントがたくさんついていたけど、私にとってはQueenよりもエルレーベルチェリレッドレーベルの楽曲を洗練させた感じ。エルもチェリーレッドも素人くささ、楽曲の粗雑さを売りにしていた部分もあるけれど、そういう粗さを少しのこしつつも、歌をうまくし、録音環境をよくしたらMIKAみたいになるのかな、と思う。エルもチェリーレッドも時折聞くとすごくよいのだが、大人になると粗雑さが気になって、そう何回も聞けない。

 CDジャケットも馬鹿ジャケで良い感じ。MIKA本人はPaul Smithの夏コレクションのモデルに抜擢されるぐらいかっこよいという評判だったりもするのに(でも、私が見た写真では、髪モジャモジャのおたくっぽいおにいさん風なのが多いので、かっこいいかどうかはよく分からない)。

 MIKAを知ったきっかけは朝日新聞の夕刊のコラム。ミュージシャンの情報を新聞記事で知るなんてあまりに情報が遅すぎる。結婚して以来、音楽関係の情報に疎くなってしまった。

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2007年10月25日 (木)

小さな世界

 研究で使うかどうかわからないのだが、今、ネットワーク論の本を読みふけっている。

 ネットワーク論は、本当に魅惑的だ。今まで私が慣れ親しんできた分析は、主として、ある人の属性と行動や考え方の関連性をみるようなものであった。その一方で、ネットワーク論では、属性よりも人と人との間にある見えないリンクに注目して分析を行うのである。この気づきは、だまし絵のように、今まで花瓶だと思っていたものが、実は背景だったと気づいたのに似ている。

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 少し前に「リーディングスネットワーク論」という本を読了した。この本は、ネットワーク論の古典とも言える論文7編の日本語訳からなっており、ネットワーク論の入門編としては最適な1冊である。

 この中で一番面白かったのは、ミルグラムが1967年に発表した論文「小さな世界問題」である。たまたま会った二人の間に、たまたま共通の知り合いがいることがある(アメリカではこうした時に"It's a small world!"というのが常套句なんだそうだ)。私も小さな世界問題に関することをblogに書いている(2007年7月5日のblog記事参照)。この論文ではそうした経験のメカニズムを、実験によって裏付けたものである。

 この論文の実験では、手紙を遥か遠方にすむ目標人物に向けて知人からその知人へと転送することによってどれくらいでたどりつけるのかを確かめている。たとえばカンザス州ウィチタに住む人(A)からマサチューセッツ州のケンブリッジに住む神学校の先生の妻(B)に向けて手紙を転送するのである。このAという人とBという人は、まったく知り合いではないにも関わらず、平均してたった5人の媒介者を経て手紙を送ることができたのである。

 もちろん実験はすべてうまくいったわけではなく、160人の実験のうち44人の連鎖が途絶えずに到達し、残りの116人の連鎖は途中で途絶えてしまっている。それでも、まったく見知らぬ人同士がたった5人の媒介者を経るだけで、つながってしまうという実験結果は本当に面白い。

 同様の追試は、日本でも数多く行われている。私が昔見たテレビ番組では、たしか鹿児島に住むある一般の方から明石屋さんまさんにたどりつくには何人隔てればいけるのかという実験をしていた。この場合も5,6人でさんまさんにたどりつけたように思う。

 なぜこんなに少ない人数で全くの他人同士がつながってしまうのか?一人の人間に500人の知り合いがいるとする。その知人にも500人の知人がいるとする。もし仮にその知り合い同士が重なり合わないとした場合(そんなことはあるはずもないのだが)、3人隔てただけで500の3乗で日本の人口に匹敵する人が間接的に知り合いということになる。実際には知人同士のネットワークは重なりあっているので、3人ではなくてもう少し多い人数を隔てれば1億人以上の人と間接的に知り合いになってしまう。

 この広い世界は、思っているよりも狭いようだ。北海道で星を眺めている牧場主と六本木ヒルズで働いているビジネスパーソンの間も、まるで関係がないように見えて、知り合いの知り合いという細い絆で繋がっているのかもしれない。私とたまたま何かの検索ワードでやってきたあなたとはまるで他人同士だけど、本当に関係がないとはいいきれないのかもしれない。そう思うとこの世界で生きていくのが何だか楽しくなる。

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参考文献

野沢慎司(編・監訳):リーディングス ネットワーク論―家族・コミュニティ・社会関係資本、 勁草書房、2006

S Milgram: The small world problem, Psychology Today, 1967

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2007年10月24日 (水)

博士が100人いる村

 最近、なぜか今さらながら「博士が100人いる村」って知っているかい?というメールが数通やってきた。これは、言うまでもなく「世界がもし100人の村だったら」のパロディ。このパロディは数年前にとても流行っていたものだが、博士後期課程入学前ではなく、入学後の私に送ってくるあたりが、みんなのとっても優しい親切心を感じる。つまり、入る前に見せても悩みを増すだけ、入ってしまったら仕方がないから心してかかれ、学位がとれなくても死ぬなというメッセージなんだろうと解釈している。

 元ネタも根拠の乏しいデータを元にしているという批判があったが、「博士が100人いる村」についても同様で、どのデータを元につくっているのかよくわからない。あちこちで書かれているように、最後のオチである「8人が死亡または行方不明」というのは、わざとデータをミスリードしているようである。どうやらアンケートにある「その他」に分類されている人を「死亡または行方不明」と扱っているようなのだ。

 それよりも、身につまされるのが「無職16人」である。博士号をとっても生かすことができるかどうか分からない、とわかってはいたものの、この数字はきつい。あやしいデータかもしれないが、ありうる数字のように思える。

 というのを踏まえて、とりあえず以下の2点を宣言しておこうと思う。

  • 博士号は何があっても取ります。できれば3年以内で。
  • 博士号取得後は何があっても就職します。アカデミックポストにこだわりません。

 博士号取得に向けてまだまだ前途多難ではあるけれど、何とかがんばるぞ。

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2007年10月23日 (火)

ノート代わりとして、PDAを使いたい

 私は字がおそろしく汚いので、5年ほど前からPDAを愛用している。それまでは普通の手帳を使っていたのだが、どんな手帳を買っても、1ヶ月もすると自分の字の汚さにうんざりして捨てたくなっていた。

 2年ほど前までものすごく古いPalmを使っていた(Sofmapで中古品を格安で購入したのだ)。私が使っていたPalmには、スケジュール、メモ帳、住所録、簡易な英和/和英辞書とシンプルな機能しか入れていなかったし、白黒の画面だったのだが、結構便利に使っていた。だけど、パソコンと同期するためのケーブル端子が大学で使っているノートパソコンと合わないのと、入力用ペンを紛失してしまったこと、充電池ではなく単三電池で取り替えの度にデータが消えていたことがあって、使うのをあきらめて、PDAと近い機能があるNokiaの携帯電話を使うことにした。

 Nokiaの携帯電話は、まあ普通にスケジュールやらメモ帳やらが使えるし、デジカメ機能も使いやすいし、パソコンとの同期も簡単だ。携帯電話の住所録がパソコンに簡単に同期できるのって、本当に便利だ。それに、アプリケーションもどんどん増やせるようだ(私は面倒なのでやっていないけど)。これを1つ持っていくだけで、電話とスケジュール帳とデジカメの役割を果たしてくれる。

 そういうわけでNokiaの携帯電話に大きく不満があるわけではないのだが、それでも、あのPalmの操作感が忘れがたくて、歯がゆい思いをよくする。あのPalmのペンでの入力って本当に便利だったし、慣れると紙に書くのと同じぐらいのスピードで入力できた。携帯電話にキーボードなんかをつけるよりも、入力用のペンを付けてほしいよ。

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2007年10月22日 (月)

3歳児のかくれんぼ

20071001571_s  3歳の娘は、まだ遊びのルールがよく分かっていない。

 先日、娘は義父(娘にとってはおじいちゃん)とかくれんぼをしていた。様子を見ていると

  • 義父が「どこかな?どこかな?」と探してくれているのに、自分から「ばー」と出てきちゃう
  • 義父が隠れていた場所に「○○ちゃんはここに隠れるね」と宣言しちゃう

といった具合でかくれんぼが成り立っていない。義父は娘にメロメロなので、娘のそんな様子を見てとてもニコニコしていた。

 ”Giving Tree”のHide and Seekもこんな感じなのかと思う。幼な子が大きな存在に守られながら一緒に遊ぶ様子を見るのって、何だかすごくよいよね。

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2007年10月17日 (水)

スイミングスクール

20071014623_s  娘をスイミングスクールに入れることにした。

 理由は主に3つ。

 ひとつは、娘の身体を丈夫にしたいということ。筋力を付けて、疲れにくい身体になるといいなと思う。

 ふたつめは、娘のストレス発散。冬になると外出が億劫になり、家の中にいることが多くなる。だから、運動をさせて、娘を疲れさせて夜はぐっすり寝るといいなと思う。

 みっつめは、私が子どもの頃スイミングスクールに入れてもらいたかったから。私は運動が苦手で、水泳もまともにできない。水泳は生涯スポーツであるので、きれいに泳げるのは一生の財産になると思う。

 ある人に相談したら、「小さいうちに入れたからといって、上達するとは限らない」と言われたが、上達するのがメインの目的ではないので、小さいうちから始めてもよいかと思っている。

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 そういうわけで、先日、体験会に行ってきたのだが、娘は思っていたよりも楽しそうにしていた。両腕と背中に浮き具をつけられて、10m弱を犬掻きで泳いでいたし、お風呂では決してしなかった顔の水つけや潜水も少しだけしていた。インストラクターの教え方がうまいのと、年の近い子がいるのがいいようだ。

 ただ、終わる間際にお楽しみのすべり台があったのだが、娘だけはプールからプールサイドに自力で上がることができずにすべり台ができなかった。これは後で聞いたら、だいぶん嫌だったようで、「すべり台ができないから、プールに行きたくない。もっとお姉ちゃんになってからする」と言われてしまった。結局、かなり説得して始めることにはしたのだが。

 それと、終了。インストラクターの方が「これで終わりです」と言った途端、娘は何を勘違いしたのか、プールサイドで水着をいそいそと脱ぎだして素っ裸になってしまった。見学室から見ていた父兄は大爆笑だった。まだ3才なので可愛いけれど、母は少し恥ずかしかった。次行く時は、更衣室までちゃんと水着を着ておくよう言っておかないといけない。

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 子どもにさせる習い事って、ある意味、リベンジみたいなものかと思う(リベンジは悪い意味を持つ言葉だが、いい言葉がみつからない)。親が自分の子ども時代をやり直すとしたらこうする、という行為の一つというか。たぶん、どこの家でも習い事は、子どもの意思よりも親の意思を優先させることが多いと思う。大きくなった時に、親の思いが結果として出てくるかどうかは分からないけど、少なくとも子どもが過程を楽しんでくれるといいな、と願う。

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2007年10月16日 (火)

手紙とボランティア

 十年ほど前の夏、大事な友人が亡くなってしまった。彼女は白血病を患っており、1年半もの闘病生活の後、この世から退出したのだった。

 彼女とは高校時代からの友人で、大学も偶然にも一緒だったので、大学1年の頃にはよく彼女の家に押しかけるようにして遊びにいった。1年生の春休みが過ぎ、いつまでたっても彼女が田舎から戻ってこないので心配していたら、白血病で倒れていたのだ。当時の私にとって、白血病は何やら映画や小説などによく出てくる病気で、でも、治療に専念すれば何とか治る病気なのではないかと勝手に思っていた。きっと来年になれば彼女の調子もよくなって、大学に復学するだろう、と気楽に考えていたのだ。それなのに、彼女は、はかなくも20歳の夏に亡くなってしまったのだ。

 彼女がこの世からいなくなって、しばらく私は途方にくれた。なぜ、もっと彼女に会いにいかなかったのだろう?なぜ、彼女のような良い人間が亡くなって、私みたいな自堕落な生活を送っている適当な人間が生き残っているのだろう?なぜ、この世に彼女がいないのに、私はお腹も空くし、普通の生活が送れるんだろう?さまざまな後悔やら喪失感やらで、月並みな言い方だが、胸にぽっかりと穴が空いたように感じた。

 そんな時、彼女からもらった手紙が私の気を紛らわすのに少し役立った。当時はメールがそれほど一般的ではなかったので、私達は時折手紙をやり取りしていた。彼女が選んだ美しい絵葉書や便箋に、彼女の几帳面な文字が並んでいるのを見て、私の気持ちは少し安らいだように思う。最近、久々に手紙を読み返してみたのだが、「○○(私の本名)は不思議な時に不思議な優しさを示す人ですね。私は○○を友人にもてて良かったと思います」という一文を見つけて、不覚にも泣いてしまった。

 それともうひとつ。彼女は大学1年の頃、ボランティアサークルに入っていたので、彼女の気持ちに少しでも近づきたいと思い、視覚障がい者のガイドヘルパーのボランティアを始めた。私のような粗忽者にガイドヘルプされた視覚障がい者のみなさんには不便な思いをさせてしまったかもしれないが、私はガイドヘルプをすることで私のような人間でも誰かの役に立てる、という気持ちになれた。金子郁容が「ボランティア」の中でボランティアはする方もされる側も相互に依存していると書いていたが、まさしくそういうことを肌身で感じた。この経験は、その後いろんな場で生きてくるので、今となってはしておいてよかったと思っている。

 最近、秋になったせいか感傷的な気持ちになり、彼女のことを思い出すことが多くなった。彼女は永遠に二十歳のままだが、私はもう31歳になってしまった。私は信じている宗教がないので、死んだら無になると思っているのだが、彼女のことを思う時はあの世があったほうがよいと思ったりもする。彼女があの世で、楽しく過ごすことができているといいな、と。

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2007年10月15日 (月)

blogは宛先を特定しない手紙だと思う

 ある小説家が「僕のエッセイはすべて誰かに向けた恋文みたいなものだ」と言っていたが、その言葉を借りると、私にとってblogは宛先を特定しない手紙のようなものかと思っている。

 まったく見知らぬ人が何かの言葉を検索にかけて、たまたまこのblogにやってきて、何かの情報を得て帰っていく。ほとんどの人は1回だけみて再び訪れることはない。そういうのって何だか、海辺で拾った瓶の中にたまたま入っていた手紙を読んでしまったようなものかと思う。

 でも、そういう見知らぬ人に読まれるというのは二次的なもので、このblogの一次的な目的は、私の比較的身近な人に向けて、私がここでこんなことを考えて生きているということを伝えることにある。みなさん、私はここにいますよ、って。

 特に、もし私が突然の事故等で死んでしまった場合、私の身近な人たちをこのblogを訪れて私のことを思い出してくれたら、と思ったりもしている。私は今、死というものをそれほど強く意識しているわけではなく、むしろ天寿をまっとうしたいと考えているほうなのだが、死というのはどこにでもひそんでいるものだからいつ私が死んでも不思議ではない。たぶん、私が死んでしまったら私は無になる。そうすると、私が生きていた証拠は徐々にうすれていき、私が何を考えて生きていたのかなんか誰も気にしなくなる。なんだかそういうのを想像すると少しさびしい。私が死んでも私の身近な人が私の文章を読んで、ときどき私のことを思い出してくれるとうれしいような気がする。

 そんなわけで、blogは誰かに読まれることを強く意識して書いているのだが、そのわりには愚にもつかないことばかり書いている。だけど、できるだけ他人が読んでも意味が通るような文章にしたいと思っているし、誰かを傷つけるようなことは書かないでおこうと気をつけている。

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2007年10月13日 (土)

あげあしどり

20071006591_s  先日、娘が食卓の上に乗ろうとしたので、「そんなんあかん!テーブルに乗ったらダメ、乗っていいのは椅子だけ!」と叱りつけたところ、「じゃ、ジャングルジムは?ブランコは?滑り台は?」と、言い返してきた。

 その場では、頭がはたらくようになったとついつい感心してしまった。その後急いで、「家の中では、椅子以外には乗ってはダメ」と条件を付けて訂正したけれど。

 でも、よくよく考えると、これは世に言う「揚げ足どり」というやつで、人の言葉尻を捕らえて、得意げになって指摘するというやつではないか。それだけ娘の知性が出てきたという証拠でもあるが、生意気になってきた証拠でもある。

 私も親によく「あんたは屁理屈ばっかり」と怒られたのを思い出した。娘の性格はオット似だと思っていたが、こういう部分は私にも似たのか。子どもが一人のうちは感心したり面白がったりできるが、三人も娘がいる親からすると素直に言うことを聞かない私は扱いが面倒だったんだろうな、と今なら親の気持ちをおもんぱかることができる。

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写真:熊本物産展のすべり台で遊ぶ娘

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2007年10月12日 (金)

牛乳を残した時の対処方法

 急に涼しくなって、牛乳が余りだした。夏の間、娘とオットは、週に4パックというすごい量の牛乳を飲んでいたのだが、今は週に1パックも消費しない。特に、娘は嗜好が変わったのか、牛乳に見向きもしなくなり、お茶や野菜ジュースばかり飲んでいる。しかも私は牛乳をそのまま飲むのがあまり好きじゃない。

 そんなわけで、牛乳をおいしく使い切るために、いろいろと加工をしなければならない。うちでは、牛乳を直接飲まないで使い切りたい時、主に以下の3つの方法をとる。

1.カッテージチーズをつくる

 牛乳を沸騰させたところに酢を入れてかき混ぜると、牛乳が液体と固体に分離する。これをさらし等でこして残ったものがカッテージチーズ。少し水ですすいで酢を落としてから、塩を適当に入れる。パンにぬったり、サラダに加えたり、丸めて揚げたりして食べる。

2.ジャガイモと牛乳のスープをつくる

 玉ねぎをよく炒めて、ジャガイモをいれる。そこに牛乳を入れて煮込む。ジャガイモに火が通ったら、ミキサーにかける。この過程で、ジャガイモがマッシュされて、粘り気が出ておいしくなる。最後に青ネギを少し散らして食べる。

3.牛乳ゼリーをつくる

 牛乳にゼラチンと砂糖を入れて固める。牛乳を飲みたがらない娘も牛乳ゼリーならおいしく食べれるようだ。

 加工しないと使い切れないのなら、いっそのこと買うのを止めるかと少し悩んだりもするが、オムレツやらフレンチトースト等に不意に使いたくなるので、やっぱり週に1パックぐらいは必要かと思い、ついつい買ってしまう。

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2007年10月 4日 (木)

ゴーヤチャンプルー

20071001580_s 今年やゴーヤチャンプルーをよく作ったような気がする。

 暑かったせいか、近所のスーパーでゴーヤが安かったのと、簡単に作れてボリュームがあるのが理由だと思う。

 今週作ったのが、そろそろ最後のゴーヤチャンプルーかな。

 ちなみに、今回のゴーヤは義母にいただいたもの。義母はゴーヤのことを「レイシ」と呼ぶ。最初、「レイシ、いる?」といわれても何のことかわからかった。調べてみると、ツルレイシというのが正式な呼び名のようだ。

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 うちの作り方。

  1. 下ごしらえ。ゴーヤを薄切りにして塩をかけてもむ。豆腐を電子レンジで温めて、上から重しを置いて水分をとる。
  2. 豚肉(なければベーコンでも)を炒めて、ゴーヤを炒める。
  3. 豆腐を投入
  4. 水分がなくなったら卵を入れる。
  5. 醤油、塩、こしょうで味を調える。最後に鰹節をかける。

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2007年10月 1日 (月)

結婚という概念

 娘が「結婚」という概念を認識したようだ。私は教えた覚えはないので、保育所で習ってきたようだ。

 保育所からの連絡ノートによると、お友達のT子ちゃんと結婚式ごっこをよくしているらしい。まず、T子ちゃんがおもちゃ箱に入っているスカートをはき、うちの娘と手をつないで「けっこんしき」と大声でいう。次に、うちの娘も「けっこんしき」と言い、二人で手をつないで歩く。ただそれだけの遊びのようなんだけど。

 数日前には、保育所の帰りに娘にこんなことを言われた。「おかあさん、おとうさんと結婚したらいいのに」と。「なんで?」と聞いてみたら「何でもよ」と返された。しつこく聞いたら「おとうさんとおかあさんは仲がいいからね」という。「でも、お母さんはもうお父さんと結婚しているから」と教えたところ、「え!そうなの!」とびっくりしていた。

 たぶん、娘の頭の中で、結婚というものは

  • 仲の良い二人がするもの
  • 結婚式というものをするらしい。式では、スカートをはいて、手をつないで行進するらしい。

ということになっているようだ。大きくは間違っていないけど、自分の父と母が結婚していると思っていなかったところが面白い。

 コップとかバナナとかお父さんとかお母さんとか、そういう物や人の名前を教えるのは簡単だけど、「結婚」なんて形のない概念を教えるのって結構難しい。保育所に行っていると、いつの間にかいろんな言葉を話すようになっているよなー。

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 ちなみに、私にとっての「結婚」というものは

  • 他人同士が、家族として、仲良く暮らしていくための制度
  • 急に、親戚が大勢増える

という不思議なシステムだと認識している。で、さらに、

  • するまでも大変だけど、した後も、お互いがある程度の努力をしないと継続していかない

という、結構こわれやすいシステムのような気がしている。大事にしないとね。

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