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2008年1月

2008年1月29日 (火)

子供に叱られる

697065061_163 最近、娘に叱られる回数が増えてきた。

昨日は、雨降りだったのに、傘を忘れて保育所に迎えに行ったら「天気予報をみないとダメでしょ」と叱られた。カッパは持ってきていたのに、傘もないと嫌だったみたい。

今朝、保育所に連れていく道で、娘と手をつないでいて、ふとした拍子に手袋を脱がせてしまった。すると「もう、ひっぱったらダメでしょ」と叱られた。

自分のことを棚に上げて怒るなよ、と腹がたったりもするけれど、彼女の中で「こうあるべき」というものができてきた証拠かな、と思ったりもする。成長していて、何より、と喜ぶべきなのかも。

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2008年1月21日 (月)

マルチタスクじゃない

20080109877 マルチタスクのふりをするのが好きだ。

いろんなことに取り組もうとして、忙しくするのが好きだ。

「いろんなことをしようとしているね」というのはほめ言葉だと思っていた。

でも、実は、シングルタスクしか処理できない。

今日までに投稿論文が2本仕上がっているはずで、明後日の住民さんとの話し合い用資料も出来上がっているはずで、今年の研究の分析結果がそろそろ上がってくるはずだったのに。

どれも、まともにできていないよ。あははははははー。

よくある話、よくある話。 1個ずつ、積み上げていこう。

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2008年1月19日 (土)

そろそろ車をあきらめるべきだと思う

 このブログには戯れ言しか書いていないけれど、今回は本当に戯れ言。あちこちで言われていることで、新鮮味なんかまったくない。しかも、子どもっぽい考え方だと思う。だけど、あえて、ずっと思っていた車と町の話について。

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 私は地方都市出身で、過疎部の交通の研究をしているので、よく「ここで暮らしていくには車が必要」という声を聞く。そういいはる気持ちはよく分かる。車は便利すぎる。いつでも、どこへでも行けてしまう。どんなに公共交通機関を便利にしても、この「いつでも」「どこへでも」という点において、車を超えることはできない。でも、代わりに失うものが多すぎるだろう。
 自動車会社のコマーシャルで、ハイブリッド車など環境負荷の小さい車を使えば、車が社会に与えている害悪をおさえることができるかのように言われている。確かに日本にあるすべての車がハイブリッド車になれば、車が環境に与える影響は小さくなるだろう。でも、車が社会に与えている害悪は環境負荷だけじゃない。
 今、日本で、独自のものを持っている町が、すごい勢いでなくなりつつある。あちこちの地方都市が金太郎飴みたいに同じような町になりつつある。この原因は車の利用の大衆化にある。駅前の商店街はさびれ、そこに行政がてこ入れしようと再開発事業を行っているけど、もちろん、うまくいってなんかいない。町の郊外はどんどんどんどん薄く広がっていき、ロードサイドにはショッピングセンター、安売り店、パチンコ屋が連立している。人々は休みの日には、車でこれらのロードサイド店にでかけ、判でおしたようにどこででも買える品物を買って帰るんだ。そうすることで私達の趣味は均一化され、人間自体も均一化していく。その一方で、車の運転ができない人々は、車の運転をできないというだけで、「人として欠陥がある」、「モビリティが制約されている」なんていうふうに分類されて、買い物にも病院にもいけずに、人間らしい暮らしをあきらめていたりする。
 たぶん、中心市街地活性化や駅前再開発なんかに税金を投入するのは意味がない。そろそろ、みんなに車に乗るのをあきらめてもらったほうがいいと思う。日常生活の便利さを追求していって、何が手元に残るんだろう?あるいは目の前の便利さを追求したあまり、長い目でみて不便さを招いているんじゃないのか?
 昔話では、たいがい何か不相応に素敵な宝物を手に入れると、その反動で悪いことが起こることになっている。そろそろ、その不相応な宝物を手放したほうがいいんじゃないか。

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2008年1月16日 (水)

おしまいさん

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娘が保育所の玄関に「おしまいさんがいるねん」という。

おしまいさんって何だろう?さようならって挨拶しているお人形とかかな、と疑問に思いながら、娘に手をひかれていくとそこには「ししまい」の絵が飾られていた。娘にはししまいがおしまいに聞こえたらしい。

些細な間違いなんだけど、「おしまいさん」という響きがなんだか気に入った。おしまいさんが「おしまい」というと、いろんな嫌なことがおしまいになるといいな、と妄想した。

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写真は、通学途中の公園でとった青空。こんな晴れ渡る青空のように、すべてのことが晴れ晴れとしたらいいのに。大阪にきてびっくりしたことの一つが、冬でもこんなにきれいな青空を見ることができることだった。北陸の冬の空のデフォは、暗い雪雲が空一面を覆っている状態だったりするからなあ。

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2008年1月 8日 (火)

博士後期課程のこと

 日本の学校って、真面目に出席して、ある程度勉強していれば卒業できてしまう。先生に与えられた課題をこなすことが大事なんだ。高校はいうまでもなく、大学も、大学院修士課程(博士前記課程)も。でも、博士後期課程はそうじゃない。

 博士後期課程の悲惨さをよく知らない人からは、「博士になるために勉強しているなんて、えらいのねー」なんて言われる。でも、全然えらくなんかない。博士後期課程は、優秀じゃなくても入れちゃう。誰でも入れるから出るのが難しい。ある程度努力しないと、修了できない。時々、自分の能力を少し超えるジャンプをしないといけない。

 たまに、海外の博士課程と比較して、「日本のドクターにも給与を」という話があるが、それはちょっと違うだろう、と思う。給与を出すのであれば、今の後期課程の入試制度やカリキュラムを大幅に変更しないとだめだろう。能力があり、やる気のある学生しか入学させないとならないだろう。そうなると私のような人間は入学できない。

 しかも、博士が100人いる村にもあるとおり、アカデミックポストに着くことができる人は一握りだ。私なんか無駄に年だけとっている上に子どもまでいるから、一般企業への就職もさらに難しいと思う。

 じゃあ、なんのために博士後期課程にいるのか?一つは「飛び道具」がほしいということ。私は社会とかかわりを持って、社会を少しずつ変えていきたいと考えていたとしても、今のままの私では誰も話を聞いてくれない。まず、話の端部を聞いてもらうには、実績であったり、肩書きであったり、そういうものが必要。「工学博士」という肩書きは、話をするきっかけを与えてくれる「飛び道具」になる。

 さらに、それ以上に重要なのが、聞いてもらうだけの価値がある話ができるかどうかだ。これも、博士後期課程というプロセスを経る中で、手に入れることができる能力じゃないかと思っている。(実際は、どうだろう。1年弱たったが、なかなか話は上手にならない。相変わらず上がり症のままだし)

 私は頭がよくないと思う。瞬発力のような頭の回転も鈍い。それでも、何かを変えていく力がほしい。博士後期課程のプロセスが、それを与えてくれると信じている(信じるものがないと大学院になんか在籍できない)。

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2008年1月 3日 (木)

娘のインフルエンザ

 インフルエンザは結構やっかいな病気で、かかったと思ったら、急にぐったりとして、病院に行くのもままならない状態になる。けれど放っておくわけにはいかないので、辛いよ、辛いよーと思いながら病院に行かなければならない。おまけに症状が落ち着いても、伝染力が強いので、外出を控えないといけない。

 我が家では、毎年、家族全員がインフルエンザの予防接種を受けているのだが、それでも娘は時折インフルエンザにかかる。今回は、娘が年末に罹患したため、子ども急病センターに連れて行った。最近では子どもにはタミフルは処方しないらしく、咳止めとカコナールを処方してもらった。先生曰く「予防接種を受けていたので、それほどひどい症状にならなくて済んだのでしょう。お父さん、お母さんがかかっていないのも予防接種のおかげです」とのことだが、本当だろうか。痛い思いを2回もさせて(子どもは2回予防接種を受けないと抗体ができないそうだ)、いくばくかのお金を払っているのに、それでも罹患してしまうのって、意味があるのか?来シーズンは予防接種を受けさせようか受けさせまいか迷う。

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 子ども急病センターに行ったのは、2回目である。1回目は娘がまだ8ヶ月の時。土曜日の夜7時過ぎになって、娘に下痢と高熱の症状が出てきたので慌ててタクシーでかけつけた覚えがある(オットは残業中で不在だった)。慌ててかけつけたのに、廊下で小一時間待たされて、娘よりも明らかに急病の様子を呈している子ども達が連れてこられるのを眺めていて、気が気でなかった。こんなことなら家でゆっくり休ませた方がよかった、と反省したような気がする。

 そんなわけで、今回は症状が出て、少し落ち着いてから急病センターに連れていったのだが、それもあまりよくなかったようである。インフルエンザの場合は、できるだけ早い対応が必要なようである。相変わらず娘の病気の時の対応をどうすればよいのか、よく分からない。

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2008年1月 1日 (火)

正月の雰囲気

20080103856_s  青い空。白い雲。いつもより少し静かな休みの日。それが今年の正月である。

 年末に子どもがインフルエンザにかかったため、実家に帰る予定を変更して、自宅で静養することにしたのだ(予防接種を受けていたのに、今年もかかってしまった)。急な予定変更であったため、正月らしい感じが全然ない。

 正月らしさに欠ける一番の理由は、おせち料理がないことであると思う。食に卑しい私にとって、正月の楽しみは母親の作るおせち料理なのだ。うちの母はマメな人で、毎年、年末が近づくと、いそいそとお節の材料を買い込み、2~3日かけていろんなものを作るのだ。昆布巻きや伊達巻、真子の煮物、牛蒡の肉巻き、栗きんとん、煮豆など。しかも一つ一つの料理を大量に作るので、台所はお節料理でいっぱいになる。お餅も「家でついたほうが美味しい」と言い、家庭用餅つき機で嬉しそうに餅をつく。しかも彼女はケアマネージャーとして福祉施設で働いているため、年末年始の休みもろくに取れていない中、料理をこなしてしまう。働くようになってからわかったのだが、よっぽど働き者じゃないとあんなことできない。働き者の母親の娘であるところの私は、なぜだか怠け者に育ったので、あんなにマメに料理ができない。

 そんなわけで、今年の正月は物足りない雰囲気のまま過ぎ去っていこうとしている。1月1日になれば正月になるのではない。正月を迎える準備をしないと、正月にならないようだ。今年は急なことだったので仕方がないけれど、母親がいなくなったら私は正月を迎えられないかもしれない。今年のささやかな目標は、少しだけマメに、少しだけ働き者になることにして、いつの日か自分でおせち料理をつくれるようにしようと思う。

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 写真は1月3日に撮ったもの。娘に着物を着せて、近所の神社へ初詣に行った。

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