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2008年8月

2008年8月20日 (水)

わかりあえやしないってことだけを わかりあうのさ

 人間っていうのは、基本的にわかりあえないものだと思う。相手が何を考えているかなんて、推察することしかできなくて、完全に理解なんかできるもんじゃない。だからこそ、わかりあおうとする努力が重要で、相手と自分のどこが違っているのかというのをわかりあわないといけない。夫婦なり、2人以上の人間が一緒に時を過ごすには、こうしたことが基本にないと、うまく付き合えない。

 オットと結婚してよかったなー、と思うことの一つは、オタクっぽい話をしてもひかないで一緒に話にのってくれることである。

 オットと話している会話で、オタクっぽいと思うのが、好きなミュージシャンの話。オットがする話は、例えばこんな話。

XTCトッド・ラングレンにプロデュースしてもらった時、トッドが砂漠の真ん中にスタジオを持っていたのでXTCのメンバーは「トッドは本当に魔法使いだったんだ」と感動したらしい。で、トッドは1回目の録音でOKを出して、タメの部分とかも全部修正しまくって完成版としたのでアンディが切れたとか。

Queenはフレディ以外は妙に良い大学を出ている高学歴バンドとか。

 一方、私がする話はいわゆる渋谷系と言われていた人々の話が多い。例えば、

Flipper's Guitar解散直後に、小山田君がフットボールチームの応援歌を集めた"bend it!"という全然売れなさそうなコンピレーションアルバムを出した。でも、サッカーのことなんか全然詳しくないオリーブ少女達がだまされて買ったおかげで、オリコンで100位内に入ったよ、とか。

THE CORNELIUS GROUP、見たことのある顔だと思ったらbridgeのギターの清水さんとneil & iraizaのチャーベ君じゃない方だったよ、とか。

 そういう何の役にも立たない話を私達は嬉しそうに延々と話すのだ。これって傍目からみてたら、すごくイタイことなんだろうけど、当事者にとってはすごく楽しい。

 オットと私の趣味は完全に重なる訳ではない。というか、まったく重ならない。結婚前にオットが持っていたCDと私が持ってきたCDは一枚たりとも同じ物がなかった。わかりあえないことが分かっているからこそ、お互いの話にフンフンと耳を傾けることができるのかもしれない。オットが嬉しそうに私に「この曲すごくいいよー」と聞かせる時、私と趣味が違うなーと思うこともあるけれど、結構いいかも、と思ったりする時も時々ある(例えばxtcもトッドもクラフトワークも全然好きじゃなかったけど、今では好き)。同じように私のCDをオットが気に入る時もある。そういう時、オットと結婚して本当によかったな、としみじみ思う。

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 上記の情報は、多分好きな人だったら知っているようなこと。Wikipediaにだって書いてあるので目新しい情報はない。と、一々書くのがオタクっぽいですけど。

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 同じようなことが「となりの801ちゃん」の過去の記事に書いてあって、とても共感した(でも、私は漫画とかアニメとかにはあんまり詳しくないので、801ちゃん達の会話はさっぱりわからない)。

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2008年8月18日 (月)

女の子は大きくなったら女の人になるの?

 娘に「女の子は大きくなったら女の人になるの?男の子は大きくなったら男の人になるの?」と聞かれた。子どもらしい素朴な疑問である。少し前であれば、「うん、そうだよ、当たり前でしょ」と答えていたと思うのだが、今では「うん、だいたい。」と答えてしまう。そう答える方が正解に近いかなと思うからだ。

 そう答えるようになった理由は、能町みね子さんのブログ(オカマだけどOLやってます。(改題後→)オカマじゃなくなりました。を見つけてしまったから。私はこのブログを読むまで、性別を変えるのって生き返らない限り、無理だと思っていた。でも、今では手術をして、きちんと手続きを踏まえれば、見た目も戸籍上も性別を変えることができるらしい。本当に本当にびっくりした。しかも能町みねこさんの最近のブログを見ると、高校生時代に平成8年8月8日に8の着く場所8カ所を巡るというとても男子らしい行動をしていたり、小学校時代にはピッチャーをやっていたり、と思い出がちゃんと男子っぽいのに(と、こんなことを書くと失礼かもしれないけれど)。

 人の親というものになってまだ4年しかたっていないのだが、すっかり親目線になってしまって、うちの子がこういうことを言い出したら(やったりしたら)私はどう対応しようというのを考えるようになった。能町みねこさんのブログを読んだ時も、うちの子が性別を変えたいと言い出したらどうしたらいいのだろう?と思った。子どもを産む前であれば、私は自分が女性であることに違和感なんてないからいろいろとややこしくなくて運がよかったな、と自分のことと比べるくらいで済んだのに。

 女の子として育てて、大人になって女の人になるのが当然だと思っている。でも、ひょっとしたらうちの子も性同一性障害である可能性もなくもない。そうした時に、能町さんところの親御さんみたいに認めてあげれるだろうか?「女に生まれたのは運命なんだから、運命に逆らわずに生きた方がいいんじゃない?」とか必死で説得しちゃいそうな気がする。ああ、でも、自分が本当に悩んでいて、親にこんなこと言われたら親に対してすごい不信感を抱いてしまうかも。それって、親にとっても子どもにとっても自ら招いた不幸な出来事のような気がする。

 今の世の中はとても不確実だし、常識だと思っていることも常識じゃないかもしれない。親が理解していることなんて、とてもとても狭い範囲のことしか理解していない。だって、今の時代、性別を変えることだってできるんだよ。

 だから、子どもが大人になって自分の想像を超えたことを言ってきた時、親ができることって、親がそれまでの常識にとらわれて考えていることを伝えた上で(だって、伝えないと嘘になるもの)、大らかに「あなたがやりたいようにすればいいよ」と言ってあげることしかないのかも。そうして、子どもが自分のできる範囲で自分がしたいことをするのを見守ってあげる。きっとそれが親としてやるべきことだと思う。娘が大人になるまでに、そういう不測の事態に備えて、寛容さを養わないといけないな、と思う今日この頃。

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2008年8月11日 (月)

丸ぼうず

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 4歳ぐらいの子どもってよく歌うような気がする。うちの娘は、保育所で習ってきた歌もよく歌っているけれど、自作のデタラメの歌もよく歌っている。保育所で他のママ達何人かに聞いてみたところ、よその子もよく歌っているらしい。この自作のデタラメの歌がなかなか面白いのだけれども、こちらも聞いてもすぐ忘れてしまうし、「もう1回歌ってよ」と言っても本人もすぐ忘れてしまって二度と同じ歌は歌ってくれない。こういう時こそ、ビデオで録音すべきなんだけど、その機会にもまだ恵まれていない。


 今朝も娘が小さい声で何かを歌っていた。娘は身長2cm弱のキューピー人形を愛でながら歌っている(このキューピー人形は、妊娠8週目あたりで「お腹の赤ちゃんはこれぐらいですよ」とお医者さんにもらったもの)。今回はあまりにも衝撃的な歌詞だったので、覚えていた。


 noteまーる坊主、丸坊主。私は妖精キューピーよー。まーる坊主。丸坊主。


 娘にはキューピーが丸坊主に見えているらしい。ちょっと薄毛なだけなのに。妖精というのも合っているようで間違っている。だいたい何で妖精という言葉を知っているんだろう?子どもの発想って面白い。また、娘が面白い歌を歌った時には、ちゃんと録音しておこうと思う。

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2008年8月 9日 (土)

polysics or die

 ここ最近、オットとふたりで、polysicsにはまっている。それはもうおかしいぐらい。朝夕の大学への通学/帰路の際や家事をしながら、繰り返し繰り返しpolysicsを聞いているし、家でもpolysicsばっかり聞いている。おかげで娘もpolysicsに合わせてへんな踊りをするようになった。

 オットも一緒にはまっていてyoutubeにアップされているPVを見つけては大喜びして繰り返し見たり、メンバーのブログ(polysicsのできぬかな)を読んでは大喜び。

 オットは清く正しい洋楽オタクなので、polysicsの曲を聞くと「この曲の元ネタはこれ」と発見できる。おかげで、一曲で何倍も楽しむことができる(例えばDry or Wet のギターリフはXTCのNeon Shuffleにそっくりだとか)。 こういうとき、オタクなオットを持ってよかった、と思う。 でも、オットは日本のバンドはあまり知らないので、「You-You-Youが電気GROOVEのNOに似ている」とか、「Pretty Goodってユニコーンとかレピュッシュとかがやってそう」とか言っても全然通じない。

 あんまりにも好きすぎるので、なぜ、私達はpolysicsのことが好きなんだろう?とツラツラとオットと夕ご飯の時に話してみた(あー、会話がオタクっぽい)。

  • polysicsが元ネタをうまくを取り込んでオリジナルな曲を作っていること(パクリってわけではないこと)
  • polysicsのメンバー(主にボーカルの林君)が元ネタへの愛を隠さずに熱く語っていること
  • シンセとかボコーダーとかテクノ系の音に、ハードなギターをがんがん重ねたり、リコーダーを使ったり、音の意外な組み合わせが面白いこと
  • オレンジのつなぎに変なバイザーとビジュアルが面白いこと。にも関わらず、ボーカルの林君はださい感じがすること
  • メインボーカルの林君は歌があまり上手じゃないし、声もそんなに好みじゃないのだけれど、かえってそれが麻薬的な味わいがあること(XTCのアンディ・パートリッジもあまり上手なボーカルじゃないし、声も何だかねっとりしていて最初は好きじゃなかったのだけれど、聞いているうちにかえってそれが味があって好きになってきた、そんな感じ)

 mixiのpolysicsコミュを見てみたら、メンバーが16,000人ぐらいいる。わー、今まで知らなかったけれど、結構メジャーなんだ、と喜んで、周りの人に聞いてみたけれど、誰一人知らなかった。orz。とても偏ったところで、熱狂的なファンがいるってことなのね、きっと。

 

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2008年8月 6日 (水)

ぽーにょぽにょぽにょ

Posterimage  娘が「崖の上のポニョ」をどうしても見たいと言う。保育所のお友達も見てきたとも言う。娘はテレビで少しでも怖い場面を見ると泣き叫ぶ。こんな子どもを映画館に連れていっても周りに迷惑なだけではないかと思っていたのだが、姉と相談してみたら「ポニョは小さい子ども向けに作った映画だから、小さい子もたくさん来ているし、大丈夫なんじゃない?」とのこと。私も娘を妊娠して以来、かれこれ4年も映画館に足を運んでいないので、久し振りに大きいスクリーンで映画を見てみたい。というわけで、娘に「絶対に叫ばないこと、大きな声で話さないこと、怖い場面が出てきたら目をつぶること」の3つの約束をして、娘と二人で映画館に行った。

 娘は映画館の暗い入口にひるんだり、全然怖くない海の場面で「お母さん、怖いから手をつないで」とかわいいことを言ってきたりしたものの、それほど大騒ぎをせずに映画を見ることができた。よかった、子ども向けの映画であれば今後も見に行ける。今度はティム・バートンの「不思議の国のアリス」を見に行きたいなー。

 それよりも、それよりも。崖の上のポニョって本当に子ども向けなの?全然話がわからなかった。つまらなかったわけではなくて、海の描写は面白かったし、波の上を走る幼女とか、自由に動き回る古代生物とかいろいろと面白かった。だけど、本当に全然分からなかった。浮かぶギモンギモンギーモン。

 ポニョは「魚の子」と歌われているのにお母さんもお父さんも人間の形をしている。なんでお父さんにもお母さんにも似ていないの?というか、ポニョってかわいくないよね。宗介からハムを奪って食べるところなんか、めちゃめちゃ怖かったよ。魔法を使う時に半魚人に変身しちゃうし。

 お父さんはお母さんのことを意味ありげに「あの人」と呼んで、本名を口に出そうとしない(まるで、ハリーポッターのヴォルデモートのように)。千と千尋の神隠しでも本当の名前が持つ力が効果的に使われていたから、この映画でも何らかの意味があるんだろうけど。

 それと、お父さんって何のために「生命の水」を精製していたの? あんな強い力がある「生命の水」を大量に作っちゃって、あのお父さんに扱えるの?

 娘はまだ4歳なのでいろんな疑問をぶつけてこなかったけれど、小学生ぐらいだったらいろいろ聞いてきて、私は返答に困っていただろう。

 あまりにもわからなかったので、いろいろと調べてみた。で、次の二つのblogに書いてあることが面白かったので、紹介。

◎たけくまメモ:宮崎駿のアヴァンギャルドな悪夢ポニョ2回目パンダとポニョ(1)
 ああ、やっぱりポニョは子供向け映画じゃなかったんだ。宮崎駿という天才の悪夢を、美しい映像で見せられていたのか。どうりで受け入れ難い出来事ばかり起きているのに、みんな素直に受け入れちゃうわけだ。

◎てすかとりぽか:『崖の上のポニョ』クトゥルー神話
 私はファンタジーの素養がほとんどないので、クトゥルー神話について全然知らない。オットに「ポニョはなんかの神話を元にした話なんだって」とうろ覚えで話してみたら、「あぁ、クトゥルー神話ね、わかるわかる」という感じで、すぅーっと話が通じてびっくりした。こういうとき持つべきものはオタクなオット。クトゥルー神話自体がラヴクラフトという小説家が抱いていた恐怖感を元にして作られたもののようなので、ポニョも怖い話にならざるをえないよね。

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(追記)

 他の宮崎アニメもそうなんだけど、崖の上のポニョは深読みしたくなる映画のようで、秀逸なレビューがたくさんある。↓のは読みながら興奮して、何度もポニョを見返したいきもちになった。

 ○崖の上のポニョが神過ぎた件

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2008年8月 4日 (月)

博士後期課程の出口の話その1

 博士後期課程の入口通過がとても簡単なのに対して、出口の通過は結構大変である。

 出口を通過するためには、2つ条件をクリアしないといけない。一つは博士論文を執筆すること、もう一つは就職先を見つけることである。私はいずれもクリアできていないので、これらの記述は信用のならないものだけれど。

 1つ目の博士論文の執筆は、執筆さえすれば認められるというわけではなく、査読付き論文を何本か書かないと執筆自体を認めてもらえない。うちの研究室では、査読付き論文が3本は必要だ。査読はどの論文集でも良いわけでなく、専攻や研究室が認める論文集に掲載されないといけない。私の専門とする土木計画学では、土木学会論文集、土木計画学研究・論文集、都市計画学会論文集、交通工学といったあたりである(もちろん、私が出したことがない”Transportation”とか、”Transport Policy”とか有名な海外のJournalに投稿できればなおのことよいだろう)。大学によっては、どの論文集であれば認められるのかを明記しているところもあるらしいが、うちの大学ではどの明記されていない。

 査読付き論文をそろえるにはどうすればよいのか。ごめんなさい。これについては、私も教えてほしいところ。私は今のところ4勝2敗。どうすれば査読が通るのかわからないうちは、できるだけたくさん書いて慣れることが大事だと思う。私なんか最初に論文を書いた時は、論文を書くルールというものがわからずにそれに四苦八苦して時間ばっかりとられた。あとは、研究にアドバイスをしてくれる身近な味方を見つけること。教授の先生はお忙しいので、なかなか細かいところまでアドバイスしていただけないことも多い。私は、助教の先生や、専攻は違うけれどうちの研究室出身の准教授の先生に相談にのってもらっている。論文を投稿する前にそういった人たちに一読して指摘してもらえると、査読に通る確率もぐんと上がる。

 で、査読付き論文がそろえば、そのまま博士論文になるかというとそうではない。一つ一つの論文はまとまっていても、それらをまとめて一つの筋にしなければならない。そういった整合性を考えて論文をまとめなおさないといけない。私は毎回ゼミのたびに、「全体の流れがおかしい」と指摘されるのだけれど、なかなかうまく一つの筋にすることができない。とても苦しい作業である。

 で、出口を通過するための2つ目の条件、就職先を見つけることについては、またそのうち。

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2008年8月 3日 (日)

博士後期課程の入口の話

 「博士後期課程」の検索でこのblogにやってくる人が結構多い。大学学部と異なって、博士後期課程について世の中にそれほど情報が溢れていないので、こんな過疎blogにも人がやってくる。というわけで、そういう需要を意識して、今回と次回は入口と出口の話を書こうと思う。

  博士後期課程の入口はとても簡単だ。大学受験に比べれば、対策なんてないにも等しい。

  ほとんどの博士後期課程は定員を満たしていないので、大概のところで2次募集はあるし(うちの大学では1次募集の試験が8月、2次が2月)、落ちたという話もまず聞かない。

  あと、博士後期課程は基本的に前期課程を修了した学生が進学するものであるが、学部卒でも、修士の学位を有する者と同等以上の学力があるとられれば、入学可能である。この場合は、事前に出願資格審査を受け、それに合格した後に出願する。これも、事前に指導教員に話が通っていれば、審査で落ちることは少ない。

 うちの大学院の試験内容は、以下の3つである。

  •  TOEIC

  事前に受けた中で一番良いものを提出する。私は、650点程度ほしいと教授に言われたが、少し足りなかった。TOEICは対策をきちんとすれば必ず上がるので、繰り返し受ける方が良い。点が足りなくて落ちるということはないが、英語力がないと国際学会での発表に死ぬほど苦しむ(TOEIC対策をしたからといって、研究に関する英語力が上がるわけでもないのだが)。

  •  小論文の試験

  博士論文の研究計画について1500字、論文のテーマに近い課題に関して1500字を2時間にわたって書く。
 博士論文の研究計画は、1.論文タイトル、2.研究の背景、3.研究の目的、4.研究の方法を項目別に分けて記述した。たぶん、どこの大学院でも研究計画を書くように言われると思う。

  • 面接

 教授、准教授の先生がずらっと並んだ中で、面接を受ける。一人あたりの時間は20分程度だったと思う。聞かれたことは、「志望動機」、「研究計画」とオーソドックスな内容である。研究計画はまだそんなに十分に練れていないのにも関わらず、教授、准教授の先生方から多くの質問を受けて、とてもとても辛かった。あと、私は大学卒業後、社会人を経験した後の出戻りなので、入学後の経済状況についても聞かれた。

 たぶん、私の試験結果はあまりよいできではなかったと思う。でも、通ってしまった。

 問題はどうやって出口を目指すのか、ということである。というわけで、次回は博士後期課程の出口の話を書こう。

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