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2008年9月13日 (土)

自由が、夢や希望や永遠と同じ色だった

 ジブリの名作「耳をすませば」をGoogleとかで検索すると、関連検索で「耳をすませば 鬱」とかが出てくる。どうやら「耳をすませば」は見ると鬱になる映画で有名らしい。「Dancer in the dark」のように鬱になるような話、映像というわけではなくて、「耳をすませば」の世界があまりにもキラキラと輝いて美しすぎて、自分が過ごした学生時代を振り返って鬱になっちゃうっていうことらしい。ああ、何てつまらない暗い青春時代だったんだろうって。私も田舎で地味な青春時代を過ごしたからすごく気持ちわかるよ。「時をかける少女(アニメ)」をこの前テレビで見たのだけれども、同じように鬱になったよ。

 で、そんな「耳をすませば」や「時をかける少女」を鬱映画のように感じてしまう私であっても、しみじみと自分の思春期を振り返ることができる映画がある。

 「25年目のキス」は、ものすごくイケてない青春時代を過ごした記者が高校に潜入取材を行って、自分の青春のやり直しをするというもの。せっかく高校時代をやりなおしているのに、数学部に馴染んじゃって、キモイ感じで計算問題を解いたりしているのに、共感を覚える。学校の人気者やそれのフォロワーをくだらないと思いつつも、皆から羨望を浴びる姿に憧れ、彼らから声をかけられると嬉しく思ってしまうという気持ちが皮膚がひりひりするほどよく分かる。最後はハリウッドらしくわかりやすいハッピーエンド。でも、イケてない学生時代を送ったとしても、それで人生が決まったりしないし、人生はやり直しがきくという誠実なメッセージを強く感じることができて、元気が出ると思う。

 「ゴーストワールド」の主人公は、何だかこの世の中がつまらない、世の中と折り合えないし、折り合いたくないと考えている。それでも学校を卒業して、大人にならないといけない。この映画では大人になる方法を3つ提示している。主人公の親友のように自分を殺して社会と折り合うか、シーモア(スティーブ・ブシェーミ)のように趣味の世界に浸れる時間を作ってonとoffを分けるか、自分を受け入れてくれる場所を探して旅に出るか。

 少しベクトルは違うけれど、「ヴァージン・スーサイズ」も夢の中の儚い思春期に浸ることができる大好きな映画。画面にはかわいくてガーリーなものしか現れない。思春期の頃って大人になるのをやめてしまいたかった。大人になってしまえば、大人って結構気楽だなと思うし、もう二度と思春期になんか戻りたくないけれど、思春期特有の感受性の強さとか潔癖性だとかそういうのってもう戻って来ないと思うと少しだけ寂しい。実際にはイケてなくても、夢の中での自分は何だかはかなげな美少女のつもりだったあの頃を思い出すことができる。

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