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2008年10月27日 (月)

雑草のように育った

200810061652  私は結構母親にダメだしをくらって育った気がする。

 私は中学生の頃から比較的勉強ができる子であったのだが、母親に誉められた覚えがない。成績が上がったという理由で親に誉められる友達の家が羨ましくてたまらなかった。多少成績が上がったとしても、「あなたは努力しているからできるのであって、やらなくなったらできなくなるよ」とか「勉強だけできてもダメよ」と脅される。かといって下がったら下がったらで「そんなんじゃ大学に入れない」とけなされる。だから私は高校入学以降の成績を親に見せたことがない*。大学も「地元の国立大学、下宿したいんだったらそことはある程度の差があるところじゃないとダメだ」と言われた。地元に残りたくなかった私は、必死で勉強して、そこそこ偏差値の高いそこそこ有名な大学に入った(つまり私は大学を偏差値だけで選んだのです**)。大学を自由に選択できる友達の家が羨ましかった。

 大学の学部を選ぶ時も「文学部に行きたい」と母親に話したところ、「そんな遊びに行くようなところに行かすお金はうちにはない。もっと社会ですぐに役に立つ勉強をするところにしなさい」と言われた。そんなわけで私は具体的な仕事のイメージがしやすい「土木」を選んだのだった。母は田舎の人であったので、文学部に対して誤解をしていたのだと思う。実際は文学部に行っていた方が、地元の銀行とか教師とかお固くて家庭と両立しやすい仕事につくことが多いのに。親のアドバイスに従った私は、いまだにふらふらと大学院生をしているよ。今となっては、土木を選んだのは、私の気質に合ってなかなか良い選択だったと思うので、母のアドバイスには感謝している。 

 というわけで、私はダメだしに対して、耐性がある。雑草みたいなものだ。ダメだしを受けた時はかなり落ち込むのだが、その後は気を持ち直して頑張ったりする。先日もある先生に研究に対してダメだしをくらって、ものすごく落ち込んだ。頑張っているつもりなのに全然評価してもらえていないし、「全然考えていない」とか言われてしまう。でも、数日たつと沸々と怒りがわいてきて、「何でわかってくれへんねん、絶対にその先生にわかってもらえるしてやる!」という気になってきたし、もし先生がわかってくれなくても学会で認められるようにすれば認めざるを得なくなるので、がっつり査読論文を書こうという気になってきた。

 でも、時々、大学生の中にダメだしに対して耐性がなくて、学校に来なくなっちゃったり、研究を放棄しちゃったりする子がいる。弱すぎる。そういう子達は結構勉強はできたりする。しかも素直で人柄もよかったり。手塩にかけて育てて、世の中的には優秀と言われる大学に入ったのに、何かのきっかけでポキって挫折ちゃうなんて、この子の親は思ってもいなかっただろう。一方、私なんか、親にあんまり期待されていなかったし、適当に育てられた気がするから図太く育っている。代わりにちょっとひねくれていたりもするし、いつまでたっても自分に自信がなかったりするけど。

 子どもの教育って本当に難しいと思う。何がよいのかよくわからん。自分はあんまり親に誉められた覚えがないから、娘は誉めて誉めちぎって育てたいし、子どもの自由を尊重したいと思っていた。でも、さじ加減が難しくて、なかなか実践できていない。勉強もできて人柄もよいのだけれど、何だかか弱い大学生をみていると、どうやって娘を育てればよいのか迷う。

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 母親について否定的なことを書いたので、少し補足。
 大人になって思うのだが、うちの母親は、「大事なことはいちいち言葉にしなくてもよい」という思いの人のようだ。「あなたのことを信じている」とか「好きだ」とか「期待している」とか、そういうことは一々伝えなくても分かっているだろう、って思っていそう。母親は私の一つ一つの言葉にダメだしをしていたのは、「思いつきじゃなくもっとよく考えなさい」という気持ちがあったのかな、と今となっては思う。子どもの頃は母親に一つ一つ否定されるのが結構つらかったし、つまらなかったけれど、今思い返せば一度私がやると決めたことに対しては、ほとんど口も挟まないし、支援もしてくれている。私は関西弁でいうところの「へんこ」に育ったかもしれないけれど、母親の教育方針は大きくは間違っていなかったと思う。

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*高校生で親に成績表を見せないのはやりすぎだと思う。何でうちの親はそれを容認していたのだろう? だが、大学生になれば成績表を親に見せないのはあたり前だと思っていたのだが、私立大学の中には親に成績表を送りつけるところがあるらしい。親御さんは確かにスポンサーとして学費を出してくれているかもしれないが、大学の成績が親御さんには何の関係があるというのだ? 大学生になったらいっぱしの大人なので、成績の結果の責任は本人に帰属するはずだ。そうやって大学生を子ども扱いするのは良くない。

**偏差値が高い大学ほどよい大学ではない、という事実は当たり前のようで、意外と知られていない。確かに偏差値の高い大学の方が、よい先生たちが揃っていたり、国からの研究を多く取得していたりして面白い研究をしている傾向はある。だが、地方のそれほど偏差値の高くない大学でも、よい先生さえいれば、面白い研究をしているのだ(例えば鳥取大とか岡山大とか岐阜大とかは、大学のランキングでそれほど上位にこないが、土木計画に関しては面白い研究をしている気がする)。大学で何がやりたいか明確になっているのであれば、高三の一年間を受験勉強という非生産的な活動に時間を費やすよりも、自分がしたいことができる大学を探して入ったほうがよいと思う。

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