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2008年11月

2008年11月29日 (土)

鉄分高め

先日、家族3人でハイキングをした。
 向かった先は、旧福知山線廃線跡というなかなか鉄分の高い場所。 (鉄道に関する情熱の度合いを「鉄分」と表現するらしい)。

 鉄道って5%でも急こう配になるくらいなので、廃線跡は平坦な道のりなのだ。いい感じに朽ちた枕木の上を歩いて行くのは、結構楽しい。
 旧福知山線は一般の道路とは少し離れた武庫川沿いにある。武庫川渓谷は、切りだった岩がたくさんあり、非日常感を味わえた。
 何よりよかったのが、トンネル跡。鉄道が通っていたトンネルをそのまま放置しているので、トンネルの中には電気も何もない。
 私達はうっかりものなので、懐中電灯をすっかり忘れて行った。だから、真っ暗闇の中を、とぼとぼと歩き続けた。あまりにも真っ暗で、隣で 歩いているはずのオットの顔も見えず、足下は枕木で凸凹しているし、怖いよー怖いよーと思いながら歩き続けるのはなかなかスリリングだった。

 廃線跡を歩いた跡は、武田尾温泉へ。
 この武田尾温泉も素晴らしかった。いい感じでひなびていて。
 私達が入った河鹿荘という旅館は、外観はつげ義春の漫画に出てきそうなくたびれた雰囲気だったので、オットと「どうしようか」と入る前に少し悩んだ。だが、入ってみるとなかなか立派な玄関で、お店の人の対応も良いし、温泉もぬるめで肌もつるつるするし、いい温泉だった。でも、浴場の壁のタイルははがれていたけれど。
 有馬温泉と比べると、同じ六甲にありながらも、ほとんど観光地化されていないのがいい。

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 交通計画を生業にしようと決めてから早9年。そうでありながらも、鉄道やバスを愛する人たちの気持ちがいまいち分からない。そんな私でも、廃線跡は愛せそうな気がした。

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2008年11月18日 (火)

闇の中

 暗闇が好きだ。暗闇の中にいると、自分の体の境界線がわからなくなる。視覚が失われると、外部から得られる情報は極端に少なくなる。それが面白くて、暗闇の中に身を任せるのが好きだ。

 子どもの頃、ドラえもんの真似をして、押し入れで寝てみたことがある。びっくりするぐらい朝の光が差し込まなくて、いつまでも暗いままだった。

 京都の北山の家に住んでいた頃、茶室住宅もよかったが、何よりも暗闇がよかった。特に月の出ていない闇夜は、鬼が出るかと思う程暗かった。あの家で暗闇の中ぼーっとしていると、風が落ち葉を揺らす音が物の怪の気配を帯びてきて、なかなか不気味でよかった。

 佐用の夜もよかった。佐用は星が見えることをウリにしているので、街灯は光が空に漏れないように工夫されている。おかげで、車の中で隣に座っている人の顔もわからない。喋っていないと、隣に座っていた友人が闇に溶けていったのではないかと思う。

 先日行った福知山線廃線跡のトンネルも素晴らしかった。私達は懐中電灯をすっかり忘れていたので、真っ暗闇の中をとぼとぼと歩かなければならなかった。あまりにも真っ暗で、暗闇の中から薄くぼんやりと光る出口を見つけると嬉しくてたまらなくなった。足下は枕木で凸凹しているし、転んだり落とし物をしたらおしまいだな、と思いながらも非日常的で面白い経験だった。

 暗闇は都会では贅沢品だ。街の灯りはいつまでもコウコウと灯っている。なかなか風情のある暗闇に出会えない。

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2008年11月 9日 (日)

狩りをするか、耕すか

 むかしむかし歴史の時間に、狩猟生活と農耕生活の違いを習った気がする。たとえば、縄文時代まで狩猟生活をしていたのだけれど、弥生時代に入って農耕生活に入って飛躍的に生産量が増し、人口が増え、定住生活が始まったとか、そんな話。私は社会科は暗記科目だと思いこんでいてかなり大嫌いだったので、ちゃんと理解していないけれど。

 農耕民族は未来に希望を持つことができる人だと思う。そうじゃないと、土を耕して、種をまいて、芽が出て、それが食べられるようになるまで楽観的に待っていることができない。一方、狩猟民族は、芸術家みたいなものだ。鼻が利いたり、風をよむ力があったり、野性的な勘や能力が必要であるように思う。

 研究のスタイルとしても、農耕民族である人と、狩猟民族である人がいるように思う。

 私のやり方はまだまだ中途半端だ。狩猟民族であるならば、上手に上手に狩りをしておいしい生活を送るべきなのだろうけれど、目の前にある食べれるかどうかわからない木の実ばかりとっていて、なんだかひもじい。農耕民族であるならば、丁寧に丁寧に手をかけて、おいしく食べ物が育つまで気長に待って、収穫時期になったら一気に刈り取るという生活を送るべきなんだろうけれど、出たばかりの芽ばかり刈り取っていて、おいしくなるまで待っていられない。だってひもじいんだもの。

 どうも私の師匠は、野性の勘で狩りをする狩猟民族のようだ。私は、農耕スタイルを学びたかったのだけれども、それは独学で学ばなければならないようだ。いまだに研究の枠組みって何ですか?という感じで、習得できていない。研究のスタイルなんて、教わって身に付くものじゃないので、仕方がないんだけれど。なかなか苦しい道のりである。

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2008年11月 8日 (土)

落ちない

 18歳の時に大阪に来た。それまでずっと福井市という田舎町にいたので、関西での生活にいろいろととまどった。

 とまどったことの一つとして、「おちがない話は原則禁止」というのがある。おちがない場合は「おちがないねんけどな」と前置きを置かないといけない。クラスメイトと話していて何回かそれで怒られた。そんなこと言われても、関西人にとっては息を吸うようにおちがある話ができるのかもしれないが、生粋の福井育ちの私にとってなかなか難しい。

 今でも「おち」のつけ方が分からない。とりあえず、自分を貶めて落とそうという努力をする。他人をおとしめて落ちをつけるのは滑った時にけなしているだけになるし、ダジャレで落とすとオヤジっぽくなるし。自分を貶めるのであれば、滑っても傷つくのは自分だけだから大やけどにならない。

 でも、自分を貶めて落とすと、ウケてもウケなくても、時折さびしくなるんよな。「そんなことないよ」と言ってくれてもいいじゃないか、と。というわけで、私は一生関西人になれない気がしている。

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2008年11月 7日 (金)

見えない明日に迷う時

 TKさん、あまりに売れ過ぎていたので、恥ずかしくて周りに言ったことがないのだが、私ファンだったのですよ。小学校高学年から中学1、2年の頃まで。TKプロデュースの曲はテレビや街中で聞く程度で興味を持つことはなかったけれど、TMネットワークはよく聞いていた。彼らの曲は、田舎の子どもにとって最先端の音楽だった。歌番組とかにあんまり出ていなかったから手垢がついていない感じがしたし、その一方でCDは手に入れやすかった。それに、彼らの曲はシンセを多用していたので、エレクトーンで弾くと比較的再現性が高くて楽しかったので、よく弾いた。"come on everybody"とか"human system"とか"self control"とか。TMNになる前の曲たち。

 ということで、TKさんの逮捕は純粋に悲しい。信頼をおけるよいブレーンさえ置いておけばこんなことにならなかっただろうに。ニュースで流れるTMNの楽曲も、もの悲しく聞こえるよ。

 作詞をされていた小室みつ子さんが「彼が生み出した曲は、変わらなくいつも誰かの心にあって、そこで生きています」とコメントを出されているけれど、それに強く同感。TKさんが罪を犯したとしても、TKさんが生み出した楽曲たちには何の罪もないような気がするんだけど。何で取扱い中止になるんだろう?

 ここ2日ほどもうずっと聞いていなかったTMネットワークとかを聞いている。改めて聞いてみたら、小室みつ子さんの歌詞って物語があって美しいなとか、TKさんはその美しい物語に合った美しいメロディを書く人だったんだな、とかいろいろと思って、なおさら悲しくなる。こうやって悲しい気持ちでTMネットワークを聞いていると、TKさんの追悼みたいな気持ちになってきて、さらに落ち込んできた。

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以下の事柄は、今回TMネットワークに関して、wikipediaで手に入れたまめ知識。ネットって便利ね。中3くらいでTMネットワークに対する興味が急速にうすれたので、こういった情報を今まで全然知らなかった。
・TMネットワークの初期の作詞をしていた西門加里は、小室みつ子さんであること。知らなかったなー。みつ子さんの小説を読んだことがあるので、TKさんと関係ないのは知っていたんだけど。
・木根さんの実家が水道屋さんということ。木根さん、めっちゃ小説書いているし。ユンカースカムヒア、なつかしす。
・木根さんと宇都宮さんは小学校の同級生。
・TKさんはハンカチ王子のいた早実出身。

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2008年11月 4日 (火)

仲良きことはよろしきこと

 漫才師の中川家が好き。ネタも面白いけれど、二人の兄弟ならではの感じが好き。有名過ぎて、何をいまさらという感じですが。

 たぶん、お兄ちゃんは弟のことが好き過ぎる。漫才の途中なのに、弟のネタに笑いがとまらなくて後ろを向いて笑いをこらえていることが多くて、弟に「おまえも客席に行け」と怒られている。だいたい立ち姿からしておかしい。弟は客席に対して正面を向いて立っているのに、お兄ちゃんは弟の方を向いて立っている。佇まいもすばらしい。テレビの端っこの方で座敷童のようにニコニコと座っていたり、大変な状況のときには困った顔で黙っている様子とかがかわいらしい。弟が芸達者なのでわかりづらいけれど、声帯模写とか演技とかすごく上手で、この前のウルリン滞在記でもラップを器用にこなしていた。

 弟もお兄ちゃんのことがかなり好きだと思う。お兄ちゃんのわかりにくいボケを丁寧に拾って大げさに突っこむし、お兄ちゃんにしか分からないネタを言ってお兄ちゃんを爆笑させたりしている。大阪のおばちゃんとか細かい細かい人物描写が上手だし、顔もベッキーに似ているし、すき家のCMのおばちゃんもかわいらしいし(最近やせすぎなのと、髪の毛が少し気になるので、女装している方が安心して見れる)。

 中川家の漫才を見ていると、男の子の兄弟がいたらこんな感じで楽しいんだろうな、と妄想する。すごく元気で天真爛漫な弟と、それにちょっかいをかけるお兄ちゃん、で、それに対して本気で怒る弟という感じで。いいなー。

 で、中川家の弟の持ちネタの一つに、南海電車の車内アナウンスというのがある。南海電車のアナウンスは、はっきり言っているのに何を言っているのかわからないというもの。どこに連れて行かれるのか不安になるぐらいわからないらしい。

 今回、学会で和歌山に行く際に南海電車に乗ったので、かなりウキウキして車内アナウンスに耳を澄ましていた。ところが、至極普通のアナウンスなのである。中川家の弟のネタは大げさにしていただけなんだろうか? という話を博識なI助教にしたところ、関西空港ができたあたりからアナウンスが改善されたとのことらしい。改善されたのは良いことだけど、少しだけがっかりした。

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 中川家お兄ちゃんのblogは見ていて、ほのぼのする。知り合いのmixiを見ているような気持ちになる。お兄ちゃんの子どもの双子ちゃん(しかも、お兄ちゃん似でかわいらしい)の写真がふんだんに載っていて、それに対するお兄ちゃんのコメントとかめっちゃ普通。楽屋裏の話とか写真とかはほとんどない。で、時々カメラを横に向けて撮った写真がそのまま掲載されている。誰かお兄ちゃんに写真の回転の仕方を教えてあげて!!

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2008年11月 1日 (土)

娘から聞いた保育所での生活

 うちの娘は口が達者なので、割合ちゃんと保育所であったことを話してくれる。細部を大げさに話したり、自分にとって都合の悪いことがあると口をにごすこともあるけれど、先生に怒られたら怒られたと話すし、あまり隠し事をしない。
 次の2つの話は、聞いていてほのぼのした話。

<お芋掘り>
 先日、保育所のお庭でお芋掘りをしたそうだ。自分たちの分を掘って、その後、2つ下のりす組さん達の分も掘ったそうだ。で、りす組さんたちが 喜んで掘れるように、お芋をもう1回埋め直して、土を柔らかくかけたのだとか。何も知らないでキャーキャー土の中から芋を探すりす組さんたちを想像するとかわいい。それに、くま組さんが小さい子たちに隠れた親切をしている様子もかわいい。

<おうちごっこ(おままごと)>
 保育所でおうちごっこをよくしているらしい。家ではぬいぐるみをたくさん並べてお母さん役をしている娘だが、保育所ではなんと「赤ちゃん 役」をしているらしい。娘はクラスで3番目に大きいのに。赤ちゃん役は「おぎゃー、おぎゃー」って泣いて転がるんだとか。娘より小さい子が「ママ役」や「おねえさん役」とかをしているみたい。娘のクラスでの立ち位置が何となく想像つく。
 この話をお友達のママにしたら、「うちのお兄ちゃんなんか犬の役だったよ」と笑っていた。犬の役のほうがすごい。

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 ずっとこんなふうに保育所や学校であったことを話してくれるとうれしいのに。些細なことをうれしそうに話す娘は本当にかわいい。

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