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2009年1月18日 (日)

十五歳の原点

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 アンジェラ・アキさんの「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」を繰り返し繰り返し聴いている。この曲、NHKのみんなのうたでも流れていたようなので、娘が大好きなのだ。この歌詞に、「消えてしまいそうな時は、自分の声を信じ歩けばいい」というのがあって、ふっと中学生の頃に書いた啓発録*を思い出した。

 福井では、地元の偉人であるところの橋本左内氏にちなんで、中学2年生(数えで十五歳)の時に一人ひとりが自分なりの啓発録を書く。

 私の啓発録のタイトルは「自分らしく生きる」だった。内容は、異端審問を受けたあとも「それでも地球は回る」と言い続けたガリレオ・ガリレイのように、自分が確かだと思うことを信じて生きて行きたいというようなもの。誰が何と言おうと、自分のことを信じて生きて行くべきって。(わざわざガリレオを持ち出しているものの、科学的真実と意志の強さを取り間違えていた感じがして恥ずかしい。)

 で、その後、立志式で、代表者が自分の啓発録を読み上げるのだが、なぜだかよくわかないが私が選ばれてしまった。

 数百人を前にして、スピーチをするというプレッシャーで、私は自家中毒**をやからした。自家中毒というのは、ストレス性の嘔吐症。前日には病院で点滴を受け、立志式の直前まで保健室で寝込んでいた。今思い返すと、自家中毒にかかったのは、自分自身と自分が書いた啓発録の内容が乖離していたので、それを他者に聞かれるのが嫌で嫌で仕方がなかったんだろう。当時の私は、自分自身に自信がなくて、人の目を気にしていたし、他者と自分の違いにばかり気を囚われていた。そんな私が「自分らしく」生きたいと語るなんて、他人におかしいと思われるのではないかと思ったのだろう。

 肝心の立志式はさっぱり覚えていないのだが、たぶん、問題なく発表したようだ。で、きっと、他人は人のことなんて大して気にしていないということに気づいたんじゃないか。立志式が終わった後に、啓発録の内容について聞いてくる同級生なんて一人もいなかったから。その後も私は相変わらずの自信のない人間だったけれど、少しずつ、他者との違いなんてどうでもよいと考えるようになった。

 橋本左内先生ほど立派ではないが、私の啓発録はやっぱり私の原点なんだ。三十歳を超えても、自分に自信があるわけじゃないし、きっとこの自信なさ加減は一生治らない。でも、少しずつ、信じるべき自分を模索し続けている。

 というわけで、啓発録、立志式は面倒なんだけど、なかなか良い通過儀礼だと思う。福井だけでなく、日本全国あちこちで行われるようになったらしい。娘にもぜひ啓発録を書いて欲しいし、我が家で個人的に立志式をするのもいいかも、と思ったりする。

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**啓発録は、橋本左内先生が15歳の時に、自分を勇気づけるために書いた自己の行動規範を五項目に渡って記したもの。稚心を去る、気を振う、志を立つ、学に勉む、交友を択ぶの5つの事項について書かれている。15歳の時に、こんなことを書くなんて、ほんまに立派な人だ。

*自家中毒とは、10歳ぐらいまでの子どもがかかる病気である。自家中毒を治すのは、ストレスの原因を取り除くこと。ストレスの原因がなくなれば、ケロッと治る。私は子どもっぽいせいか10歳を過ぎた後も、何回も自家中毒を繰り返していた。うちの娘も自家中毒をやらかさないか心配。おおらかそうに見えて、意外と神経質なところがあるから。うちの母は、いまだに「人前で何かやる度に自家中毒をおこしていたあなたが、学会で発表したり、授業をしたりするなんて不思議」と笑う。


写真:数年前に植物園で撮ったキヌガサダケ。かさの部分がレースになっているキノコ。かわいい。中華料理では高級食材だとか。

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