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2009年3月

2009年3月30日 (月)

視線が低い

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 保育所に行く途中、娘は地面上のいろんなものを発見して、うれしそうに持っていくことがある。野の花だったり、さざんかの花びらだったり、どんぐりだったり、まつぼっくりだったり、だんご虫だったり(だんご虫を10匹ほど集めて持って行った時にはちょっと嫌だった)。子どもは大人よりもかなり視線が低いので、地面にある様々なものを発見できるようだ。

 今日はスミレが咲いているのを見つけた。とても小さな花なので、娘と一緒に歩いていなかったら多分私は目に留めたりしなかっただろう。

 娘は「先生と自分とH君(娘が好きな男の子)」の分を摘んで行った。娘がH君にすみれを手渡す時、親の私が緊張してしまった。H君は「ありがとう」と受け取ってくれた。

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2009年3月29日 (日)

使い続けること

 夕刊のコラムに強く共感したので、メモ。

ひとたび消えた文化は二度と再現はできない。再び現れる時は、胡散臭い伝統主義や懐古主義としてです。それは「新しい伝統」にすぎません。そうならぬうちに「古い」と思われるものを「今」使い続けなくては行けない。それが本当に「守る」ということじゃないかと思うんです。
(引用元:野田秀樹、「たまには手紙で」、朝日新聞夕刊2009年3月24日付)

 

 私は演劇について詳しくないので、野田秀樹さんのことを全く存じていないのだけど、彼のコラムに書かれている内容はすごく真っ当で、面白かった。

 懐古主義とか保守的というのじゃなくて、昔からの積み重ねてきた生活を大切にすることってすごく重要なことだと思う。目新しい物はピカピカして素敵かもしれないけれど、生活をつまらないものにすることもあるし、飽きやすい。古い物はぱっと見たとき理にかなっていないこともあるけれど、広い視野や長期的な視点で見ると理にかなっていることが多い。(私自身がちゃんと昔からのものを使うことができているか、というと、できていないような気がする。ちょっと反省)

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2009年3月28日 (土)

ふつうの町並みを残す

 春分の日に、以前勤めていた会社の先輩に会うために、金沢に行った。その日はたまたま先輩がお知り合いの大学の先生に金沢案内をするとのことだったので、私もそれに同行した。

 金沢の町中には古い建物がここそこに残っている。私の出身の福井市は、空襲でほとんどの建物が焼けた上に、大地震で壊滅的に町が破壊されたせいで、古い街並みが全く残っていない。そうした町の出身者にとって、金沢の街並みは憧れだ。

 街並みというのは、観光客を呼び込むような街並みだけが価値を持っているわけではない。ひがし茶屋街長町武家屋敷みたいなペラっとした映画のセットみたいな街並みを作ることも意義があることだと思う。だけど、それ以上に、歴史的に重要な価値はなくても、土地に根付いている普通の街並みを残すということが大事だと思う。ふつうの街並みを残すということは、その土地が積み重ねてきたふつうの生活を残すということにもつながっている。そうしたことは、グローバル化の名のもとにどんどん均一化されていく生活に、ささやかながら抗っていることでもある。

 今回、先輩の案内のもと金沢を散策して、金沢は普通の街並みが残っていて本当にいい街だと改めて感じた。

 以下は今回行ったところをメモメモ。

○尾張町の和菓子屋さん
 先輩が最初に連れて行ってくれた和菓子屋さん。暗くて古くて小さい店構えで、知らなければまず入らないようなお店。金沢なのに、全く観光客なんか相手にしていない感じが素晴らしい。ショウケースは二つあって、小さい方のには短冊のように色とりどりのかき餅がいっぱいに並べられていた。もう一つには、おはぎやおだんご、お饅頭がたくさん並べられている。和菓子は、お店の奥の方で昔ながらの道具を使って、すべて手作りされているみたい。あんこがしっかりとお豆の味がして、おいしかった。

Dsc00011 ○天然酵母のパン屋さん「大丸堂
 先輩のお友達が連れていってくれた天然酵母のパン屋さんは、寺町の路地に面した家のさらに奥にあって、知らなかったら絶対にたどり着くことができない。小さな店構えの路地の奥の方を入っていくと、天然酵母のパン屋さんが小さな店を構えている。とてもおいしそうなパンがたくさん並んでいたので、ついつい山ほどパンを買ってしまった。
 同行していた大学の先生によると、ドイツではパン屋さんは「悪魔の仕事」といわれるぐらい大変な仕事だとか。このお店の人も「朝3時から仕事をはじめて、焼きあがるのが11時」と言っていた。

Dsc00009_2CAAKの取り組み
 町屋を本拠地として若い人たちがやっている取組み。レクチャーをやったり、アーティストの宿泊を支援したり。レクチャーは毎回面白そうな人がやっているし、そのあとのパーティも楽しそう。blogを見てみたら、折り紙のイベントとか、いろんなイベントをやっているみたい。こういう活動、自由でいいなぁ。私もなんかこういう子どもと一緒に遊ぶささやかなイベントをやりたい。左の写真はCAAKの入口の土間。ここでレクチャー等のイベントをしているようだ。

Dsc00016 ○唐破風屋根の入口の銭湯
 唐破風は通常お寺とか神社に使われている形式。きっと銭湯って社交の場で「ハレ」の場という意味合いがあったから、唐破風が使われているんじゃないかと勝手に思う。いいな、唐破風。あの大げさな感じの曲線もいいし、「からはふ」って口に出して発音したくなる。私が住んでいるニュータウンには、唐破風のような曲線を持っている建物がほとんどないし、銭湯そのものが残っていない。

Dsc00012_3 ○三角屋根の教会
 寺町の三角屋根がかわいい教会。心惹かれて礼拝堂に入らせてもらった。壁には「定礎1960年」と彫られているので、作られてから50年近くの月日がたっている。すごく丁寧に使われている感じがする美しい空間だった。

○新竪町商店街にある「ちくは寿司
 一本120円から食べられる細い海苔巻。小さな小さな店構えで、おじさんが一人で切り盛りされている。注文を受けてから、その場で作ってくれるので、できたてが食べられる。ここには、小腹を空かせた若い子たちが次から次へと買いに来る。マクドの100円バーガーよりもちくは寿司のたこマヨ、そういう感覚を持って大きくなれる金沢の子ども達は幸せだ。

○屋台村のような飲み屋さん
 新天地の奥に、カウンター席しかない小さな店がたくさんひしめいている。連れてきてもらったお店は、マスターが一人で切り盛りされていて、どの料理もおいしい。お魚もおいしいし、お豆腐もおいしいし、豚足もおいしかった。4歳児の子どもを連れていくことを前もって言ってあったので、プリンを買ってくれていた。ここも絶対連れられてこなかったら入れないお店だ。

Dsc00019 ○横安江町商店街「collabon

 古い町屋を改造した雑貨屋&カフェ。作家さんのさまざまな作品が売っている。今回は覗いただけで帰ってしまったのだけれど、夏に来たときには財布のひもがゆるんでしまって、細々としたものをたくさん買ってしまった。写真はcollabonの看板犬。大人しい。

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 ここしばらく、春だというのに、花粉症のせいか、すべての物事に対してやる気がまったくなく、日々を無為に過ごしていた。好奇心もなく、やるべきこともやりたくなく、ダメ人間の見本みたいであった。啓蟄が過ぎて1か月以上経つというのに、土の中から出られなかった。

 でも、今回、金沢に行って少し気分が晴れて、やる気も少しずつ出てきた。やる気を出すためにも、時々こうやっていろんな人に会わないとね。私はやる気にむらがありすぎる。こうやって、少し意識して、いろんな人に会うようにしたい。ここ2,3週間の土ごもりのせいで、いろんなことが滞っていて、大変困ったことになっている。どうにか頑張ろう。


音楽に「プロデュースド・バイ・トレヴァー・ホーン」を追加。偉大なプロデューサーであるトレヴァー・ホーンの25周年記念ライブ。The Art of Noiseとかt.A.T.u.とかたくさんのアーティストのライブを見ることができるお得な一枚。オットは80年代yesの復活に大喜び。最近、過去を発掘ばかりしていて、なかなか現在に追いつかない。

巡回先にGoogle共有アイテムを追加。インターネット上で気になった記事をまとめることができるGoogleさんのサービスを使っています。ものすごく手軽にまとめサイトが作れてびっくり。Googleさんは無料でいろんなシステムを提供してくれて、すごいなぁ。

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2009年3月14日 (土)

娘に土ふまずができた

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 保育所では、体を鍛えること、土ふまずを作るために、裸足で過ごすことになっている。そのおかげもあってか、娘に土踏まずができたようだ(左の写真は保育所で年に一度とる足型)。母はうれしいよ、母は何の努力もしていないけれど。これで、転びにくくなったし、木登りもできるようになる。

 でも、はだし保育で困ったこともある。うちの娘は季節を通して靴下を履かない。靴下を履いていると足が蒸れて嫌みたい。電車に乗って座席に着くとまず靴と靴下を脱ぐし、どこかのおうちを訪問した時もまず靴下を脱ぐ。この前は、「小学校に行ったら靴下履いてないとあかん?」と心配そうな顔で聞いてきた。そのうち慣れるんだろうけど。

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2009年3月 7日 (土)

Puppy love

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 娘に好きな子ができた。1歳の頃からずっと同じクラスにいる「H君が好き」と言い出したのだ。


 H君は私から見ても、かわいらしい顔をしているし、すごくやさしい。怒ったり気を荒げたりするのをあまり見たことがない。娘が保育所に来たら満面の笑みをうかべて「おはよう」と言って遊びの輪に入れてくれる。この前は、うちの子が履いているブーツをみて「わー、かわいい」と、さり気無く言ってくれた。娘はお気に入りのブーツが誉められて、大喜びだった。すごいなー。4才にしてこんなに人が喜ぶことをさらっと言えるなんて。


 でも、H君は大人気なんだ。クラスで少なくとも3人ぐらいの女の子が好きみたい。しかもそのうち1人とは結婚の約束をしているとか。 きっとH君はこのままモテモテ人生を送ることだろう。


 モテないさん人生を送ってきた母としては、初めからそんな競争率の高い子じゃなくて、ほかの子にしたらいいのに、と思ってしまう。昔読んだ少女漫画の三角関係を勝手に思い浮かべて、なんか切なくなってしまった。


 でも、よく考えたら、別にこの頃の恋は結論なんか出さなくていいのだから、娘がふられることを心配しなくていい。娘が保育所の下駄箱をチェックして「今日はH君が来てるheart」と小さく喜んだり、保育所の帰りに「今日はH君と遊んだheart」と嬉しそうに話をしてくれるだけで、幸せなことだ。保育所に行く楽しみが一つ増えたということ。


 私の場合、引っ込み思案な性格なのとボーッと過ごしていたのとで、かなり歳を重ねるまで恋愛感情というのがなかったので、娘の初恋に少しとまどっている。幼稚園の頃は、せいぜいチェッカーズに憧れていたぐらいだなぁ。同じ年の男の子の記憶といったら、体がすごく大きい子が怖かったとか、ライダーごっこで怪獣役にさせられてすごく嫌だったとか、負の思い出しかない。それに比べたら、娘の毎日は楽しそうで羨ましい。


 

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今日の曲:

Bridge "puppy love"
この曲で幼い頃の恋を"puppy love"ということを知った。今日は自転車に乗りながら、「It's not easy to let go, it's my puppy love. It's so hard to let her go, she's my puppy love.」と繰り返し歌った。そうなんだ。初恋っていうのはうまくいかないものだよね。


ブリッジは大好きだったなぁ。アコーディオンを始めとしたアコースティックな音の重なりと、少し儚い感じの大友さんの声がよくあっていた。puppy loveは、前奏のアコーディオンや間奏で流れるアコギのソロ部分が素敵。


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写真:太陽の塔。決して景色に馴染まない偉大なる異物。何回見てもその異物感にびっくりさせられるので、万博公園を訪れる度についつい写真を撮ってしまう。娘は1歳の頃、太陽の塔を「ニャーニャ」と呼んでいたなあ。

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2009年3月 1日 (日)

北山の茶室住宅の話6-七輪パーティ-

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 北山の茶室住宅に住んでいた頃、週末にはよく七輪パーティをした。

 炭を起こすのも、手慣れたものだった。茶道部で教えてもらった通りに、コンロで炭を起こして、炭が半分ぐらいまで赤くなったら台十能に載せて七輪まで運ぶ。で、七輪に自転車の空気入れで空気を入れるとすごく早く火がついた。

 七輪の素晴らしいところは、何を焼いてもおいしくて、失敗しないところ。お肉やお魚、野菜、なんでも焼いた。焼く食材は必ずしも高い物である必要は無くて、シシャモ(という名で売っているカラフトシシャモ)とかオクラとか安い物もおいしかった。オクラの炭火焼は本当に意外な程おいしくて、塩をかけて焼いたあと、絞ったすだちをかけて食べるのだ。焼きおにぎりもおいしかったな。紅茶の葉っぱを使って燻製もやってみたけど、おいしかったなー。

 人が遊びに来た時にもよく七輪パーティをしたけれど、オットと二人でチマチマとよくやった。晴れた日には月夜を愛でながら、雨の日でさえも雨の滴が落ちるのを眺めながら。オットは興に乗ると、ノコギリを取り出して弾いたりもしていた。怪談話で有名な深泥池の近くだったので、通りがかった人にはノコギリの音がきっと薄気味悪く聞こえただろうけれど。七輪パーティをする日は、夕方の5時頃からいそいそと用意して、11時過ぎまで、炭が朽ちるまで、二人でダラダラと愚にもつかぬことを話し合った(何を話し合ったのか、ひとつも覚えていない)。七輪の何がいいかっていうと、ちょっとずつしか焼けないので、必然的に時間がかかるところ。少しずつ自分が食べたい物を焼きながら、炭火を確かめながら、食材を焼けるのを待ってゆっくり食べる。バーベキューコンロだとこうはいかない。本当に懐かしい、豊かな日々。

 今の団地の物置には、七輪と台十能が所在なさげに4年間の日々を無為に過ごしている。時折、七輪パーティの名残で、ベランダにゴザをひいて、外を見ながらご飯を食べる。茶室住宅の七輪パーティに比べると格段に雰囲気は落ちるけれど、それでも少し楽しい。あ-、こうやって書いていると、だんだん北山の茶室住宅に帰りたくなってきた。まだ空き家なんだろうか?茶室住宅に住んでいたのはほんの一瞬だったのに、今の生活の方がいまだに仮の宿りな気がしてならない。

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写真は庭にあった灯籠。この庭には灯籠が4つあった。気がむくと灯籠の中に蝋燭を付けたりしていたけれど、だいたいの日は暗いまま。目の悪い私は、人が立っているのと間違えて、「どなたさまですか?」と何回か灯籠に話しかけたことがある。

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