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2009年4月25日 (土)

育児における幽体離脱のすすめ

 子どもと二人きりで過ごすのは、楽しいけれど、なかなかへヴィーなんだ。
 子どもはかわいい。数多くの家の中から、我が家を選んでやってきてくれた、かわいい天使だ。
 子どもなりの理論で話す。子どもは素直だ。でも、こちらの気持ちを考えてくれない時も多い。子どもは一つ何かでつまづくと、気持ちの切り替えが上手にできないで、泣き叫んで、暴れる。

 誤解を恐れずに言うと、私にとって児童虐待は他人事じゃない。
 子どもに手を出してはいけない、子どもの全てを受けいれてあげたい、理性ではそう思っている。そう思っていても、受け入れてあげれない時がある。そして、そのうち手を出してしまうんじゃないか、と怯えている。手を出さずとも、金切り声を上げたりしてしまいそうになる。

 子どもが金切り声をあげたとき、それに対して金切り声や怒号で返すのは得策じゃない。なおさら子どもを興奮させて暴れさすだけだ。

 子どもに手を出してしまうんじゃないかという時、一線を越えそうになったら、少し意識を外に飛ばそう。幽体離脱をするように、意識を自分の体から出すような感じで。そして、自分を上から客観視してみよう。そうしたら、自分がいかに馬鹿げた言葉に腹を立て、大人げないことをしているか見えるから。それに気づけたら、自分が何をしないといけないか、考えられる。最悪の場合、今起こっている事態から意識を遠のけさせたまま(幽体離脱したまま)、子どもが力尽きるのを待てばいい。

 子どもは親を映す鏡だ。親が何か問題を抱えていると、子どもにも大きく影響を与える。それに、どんなに問題を抱えている親であったとしても、子どもにとって親は親なんだ。親がたとえひどいことを言ったとしても、「お母さん(お父さん)に受け入れてもらいたい」という求愛行動を示す健気な存在なんだ。だからこそ、親はできるだけ子どもを受け入れないといけない。もし、親が子どもを受け入れることができない状態であったとしたら、次善の策として、子どもに「人非人の対応」をするのを防がないといけない。

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