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2009年4月19日 (日)

人に頼るんじゃなくて、道具を使うこと

 先日、バリアフリーに関するセミナーに行って来た。いろいろと勉強になったのだが、福祉用具、バリアフリーは、人の生き方の幅を広げるために必要なんだ、ということを再確認した。

 病気、事故、加齢などで、何らかの障害が残った場合、本人ができない部分を家族が介助して何とか支えようとする。たとえば、トイレに行くのを手伝うとか、洋服を着替えるとか。でも、介助者にしてもらうと、一人ではできないと思いこんでしまったり、してもらうのが当たり前という意識になってしまう。その結果、一人で何かをしようという意欲がなくなってしまう。

 でも、早い段階から福祉用具を使ったり、バリアフリー整備をしておけば、人に頼らなくても道具を使って、何とか自分でやりとげよういう意欲が出る。

 たぶん、介助の一つ一つはとても些細なことで、介助者にとっては大した手間じゃないかもしれない。障害当事者が道具を使っておぼつかない手つきで何かをするの方が、時間もかかるし、歯がゆい気持ちになるかもしれない。でも、そういう一つ一つのちょっとした手助けが、ひょっとしたら、障害当事者の自発的な気持ちを摘み取っているのかもしれない。

 学生時代に出会った全身麻痺の方は、寝たきりに近い生活を送っているて、結構衝撃だったのだが、今では大変重い障害があったとしても、道具を上手に使うことでかなりいろんなことができるようだ。セミナー会場で も、顎で電動車いすを操作しながら一人で自由に移動している方とか、トーキングエイドを用いて質問をしている方などを見かけた。それに、大阪は鉄道が発達しているし、地下鉄のすべての駅にエレベーターが設置されているので、車いすの方でも一人で自由に移動できる。非接触式のICカードも普及したので、手先に麻痺がある方や小さな文字が読めない方でも券売機で手こずることもなくなった。

 私の父方の祖母はの晩年は、寝たきりだった。20年以上前のことである。母の介護は大変献身的だったと思うし、私が同じことをオットの両親にできるかと言われると、正直なところ少し難しいと思っている。でも(母の目の前ではこんなことは口が避けてもいえないが)、「寝たきりは寝かせきり」というのが今の介護の現場の常識なのである。当時、介護を主に担っていた母も知識がなかったし、福祉用具の貸与/補助の仕組みもなかった。もし、もっと道具を使うことができていたら、祖母は残っていた能力を生かして、もう少し幸せな晩年を過ごすことができたのかもしれないし、介護者の母の負担ももっと減らすことができたのかもしれない。

 この文章のしめがうまく思いつかないので(簡単なセミナーの感想を書くつもりだったのに、重い文章になってしまった)、車いすの活動家J.ヒューマンの言葉でしめよう。多分、今の日本は、障害当事者に気力があれば、生活に必要なことをある程度提供できる仕組みができつつある。

「生活に必要なことを社会が提供しないとき、そこで初めて障害は悲劇となります。車いすで生活していること自体は悲劇でも何でもありません。」

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