« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

2009年8月30日 (日)

大フィル

Dsc00132_1  もう先月のことになるけれど、大阪フィルの「親子のためのオーケストラ体験教室」に行ってきた。一人たった1000円のお得なイベント。子どもがいると、なかなかクラシックコンサートに行けないので、親にとっても貴重な機会なのだ。

 楽器や指揮の体験など、子どもが楽しめる工夫がたくさんあって、みんな満足。子どもの下手な指揮に、プロのオーケストラがちゃんと合わしてくれる。あんなにリズムのおかしい「運命」ってそうそう聞けない。そういえば、私は子どものころ指揮者の必要性がよくわかっていなかった。こうやって極端な例を見せてもらえると、指揮ひとつでどれほど変わるのかということを理解できる。

 大阪フィルは、コアなクラシックファン以外にも向けたイベントをたくさんしている。すばらしい。今は、大阪クラシックをしている。大阪の中心部のあちこちでクラシックが聞けるというイベント。銀行、市役所やカフェ、あちこちで同時多発的に行われる。有料のものもあるけれど、ほとんどが無料で聞ける。去年は野暮用でいけなかったけれど、来週の土曜日には是非行きたいと思っている。

※大阪クラシック情報

| | コメント (0)

2009年8月29日 (土)

ぼくの話を聞いてくれ

 博士後期課程の学生にとって、非常勤講師は大変ありがたい仕事だ。研究に比較的近い事柄で生活費を得ることができるし、大事な教育実績にもなる。実績になるということは、履歴書に書くことができるということ以上に、経験を他のことに生かすことができるという意味で結構重要だと思う。

 で、ホイホイと気軽に講師の口を受けるのは良いことなのか、というとそうでもない。授業準備は結構時間がとられるんよな。しかも、適度に工夫しないと学生は全く聞いてくれないという非常に不幸な目に合うことになる。あまりにもつまらない話だと、真面目に受けようとしている学生でさえも寝かしつけることになってしまって、自己嫌悪に陥る。

 別に学生が聞いてくれなくても、すぐさま給料に影響することがないから気にしなくてもよいという人も稀にいるかもしれないが*、せっかく時間をかけて授業準備をしているのだから、話を聞いてほしいのが人の心というもの。だから、できる限り工夫をするのが建設的なやり方だと思う。

 というわけで、私がここ4年ほど集中講義の非常勤講師を通して効果的だと思えた工夫のいくつかを紹介。ごくごくありふれたやり方だけど、下記の工夫をすることで、少しは学生に授業に集中してもらえるように仕向けることができるようになったし、学生からも「わかりやすかった」とアンケートに書いてもらえるようになった(と書きつつも、授業内容に対して全く興味がない学生が、単位欲しさのためだけに来ていたら、打つ手はないような気がしている)。

1. 学生に対して質問をできるだけたくさん大量にする

 たとえば、写真や図を見せて、何を説明しようとしているのかを推測させたり、3択にして手を挙げさせたり、説明したことに対してどう思うかを聞いたりなど。質問はアドリブで行ってもよいけれど、前もって用意しておいた方が無難。質問をあてるのは、できるだけランダムにあてて、急に当たるかもしれないという緊張感を学生に持たせる。そして、大事なこととして、学生の回答を全否定するのを避けること。できるだけ、学生の回答を元に、違う視点を与えて、正解を導く。正解がないような質問をしているのであったら、学生の回答を認めた上で、講師の考えを述べる。

2. 教室中を歩き回る。

 最近の学生は私語がびっくりするぐらい多い。携帯電話で遊んだり、ゲーム機で遊んでいたりする学生もいる。こういう学生は、授業から出て行ってもらってもよいような気もするけれど**、きっと少しは興味があるから出席しているのだろうから、できるだけ授業を聞くように仕向けたい。で、こういう学生を注意するには、教室中を歩き回るのが手っ取り早い。私は授業でパワーポイントを使用することが多いので、こういうときパワーポイント操作機能付きのレーザーポインタがすごく便利。

3. 穴埋め式の資料を配布する

 通常であれば、ノートは自分で作るべきだと思う。それでも、積極性の薄い学生の場合、何も資料を配布しないと何もしなくていいと勘違いするみたい。それに、私は集中講義を担当しているのもあって、1日に3~4コマ授業する。真面目な学生でも1コマ目は真面目に聞いていても、3~4コマ目には疲れ始める。そこで、穴埋め式の資料を配布すると、学生たちは「とりあえず埋めなきゃ」という気持ちになるみたいなのと、作業量がそれほど多すぎないこともあって、せっせと作業する。作業すると眠気も少し薄らぐし、用語を穴埋めするためには集中して聞かないといけない。

4.写真を見せたり、物を見せる

 授業内容にもよると思うのだけど、私の授業は設計の基礎なので、説明を多く重ねるよりも、具体的な写真を見せたり、物を見せることが学生の理解を深める。だから、毎年できるだけたくさんの写真を見せるし、たくさんの物を持っていって、学生に触らせるようにしている。

5. 最後に簡単な振り返りテストをする

 授業内に出てきた内容を踏まえて、簡単なテストを行う。私は授業中に話した知識を確認する○×式の問題5問と、授業内容に関する記述式の問題を出すようにしている。○×式の問題は授業をちゃんと聞いてくれていたかどうかという確認で、記述式の問題は学生が授業内容を元に何を考えたのかを書かせるもの。この振り返りテストは採点に使う。正直なところ、授業料を払っているのは学生で、学生が授業から何か得ることができたのであれば、採点なんかしなくてもいいんじゃないかな、と思わないでもない。でも、学生さんには、長年の学校生活で培われた「真面目にやったらいい点をつけてほしい」という意識があるので、努力が報われるような明確な採点の基準を設けた方が無難だと思う。

- - - -

* 私が大学生の頃、といっても10年以上前になるのだけれど、当時は学生が授業を聞こうが聞くまいが興味がない先生方が多かった。学生の方をほとんど見ないまま黒板書きをひたする続ける先生、学生に聞こえないような小さい声でほそぼそと話す先生、テストさえできればいいから授業に来なくてよいという先生、授業時間30分で帰っちゃう先生、15回のうち6回しか授業しない先生などなど。当時の大学の先生の多くは、自分たちの仕事は「研究」であり、授業を行うのはついでの仕事と捉えていたせいかもしれない。それに、大学という場所は学びたい人間だけが学ぶことができる場所で、学ぶ気のない学生は学べない場所だったような気もする。それに比べると、今は授業に力を入れる先生は増えていて、大学は学生たちを学ばせようと頑張っているように思う。

**ある人(京都出身)は「授業よりも大事なことがあるんやったら、出て行ってもろてもかまへんよ」と言うそうな。私がこういうことを言うと、角が立つし、本当に学生が教室から出て行ってしまうような気がするんよな。気が小さいせいかも? はんなりとした京都弁をマスターすると、嫌みもさらっと言えるようになるかも?

- - - -

 下記は、私が授業内容を考える際に参考にした本とレーザーポインタ。以下の説明を書きながら、私はもう一回本を読み返すべきだと思った。

  • 授業評価に基づくティーチング技術アップ法:学生による授業評価アンケートを元に、学生が授業のどこを評価しているのかが整理されている。こちらの目次を見るだけでも参考になる。
  • 成長するティップス先生:ティップス先生が大学の授業を通して成長していく日記。小さい小さい失敗もたくさん書いてあって、授業をしたことがある人なら読みながら「あるあるあるある…」と言いたくなる。
  • KOKUYOレーザーポインタ:パソコンに受信部をUSBポートに差し込むだけで、すぐに使うことができる。受信可能距離は半径10mと広いので、80人ぐらい入る教室でも使える。レーザーの色は赤色のものよりも緑色の方が格段に値段が高い。緑色の方が赤色の8倍も明るく見えて視認性が良いらしい。(高価なものなので、私は研究室で借りています)

| | コメント (0)

2009年8月28日 (金)

子どもの言うこと

 娘(5歳)の発言に笑ったこと、3話。

- - - -

 朝の忙しい時間、いつまでも娘が寝ているので「もう7時だよ!」と起こすと、娘に

 「私には時間の概念がないから、仕方ないでしょ」

と言われた。概念って。5歳児が使う言葉じゃない。私が適当にしゃべっている時によく使う用語なんだよな。わからないだろうと思って話していても、子どもはしっかりと聞いて、しっかり覚えるものだ。びっくりさせられる。

- - - -

 娘には「お母さん」「お父さん」と呼ぶように教えている*。それなのに、先日急に下の名前で

 「○○○(私の名前)!」

と呼ばれてびっくりした。何でそんなふうに呼ぶのかと聞いたら

 「だって、ソウスケ(「崖の上のポニョ」の主人公)が、お母さんを名前で呼んでいたもん」

だって。あのクトゥルーアニメの影響が今さら出てくるなんて思いもしなかった。子どもって細かい所を覚えているものだ。

- - - -

 保育所から帰ってきた娘、「今日、お友達と言い合いになった」という。理由を聞くと、

 「マイケルジャクソンは魔法使いなのに、○○君は違うっていう」

とのたまう。さらに、娘は

 「マイケルジャクソンは、かっこいいし、車や宇宙船に変身できるから魔法使いだよ。」

という。ああ、確かに、そうだ。でも、あれは映画の中なんだよ。娘の中では、加工されていない映像と加工されまくった映像との区別があまりうまくついていないらしい。いいなぁ、そういう気持ちで映画を見れると、どれほど楽しいんだろう。

 でも、映画の中じゃなくても、私もマイケルは魔法使いだと思っているよ。1億枚もアルバムを売ったマイケル。ネヴァーランドに住んでいたマイケル。極東の田舎町の子どもたちまで、マイケルのダンスを真似していた。確かに魔法使いっぽい。

 ちなみに、娘がマイケルを魔法使いだと思ったのは、ムーンウォーカーという映画の影響。ムーンウォーカーは、映画として見るとすごくダメなんだけど、スーパースターのマイケルを楽しむためにはすごくよい映像集だったりする。(映画ムーンウォーカーをさらっと楽しむにはこちらのページがおすすめ)

- - -

*宮崎駿さんがどういう考えでアニメの中で子どもに親を名前で呼ばせているのかわからないのだが、私は子どもに名前で呼ばれるのは嫌だ。子どもの自由はできるだけ尊重してあげたいと思いつつも、親と子どもは水平的な関係ではない。少なくとも18歳までは、子どもというのは親の庇護のもとにある。それに、親というのは、ある程度、よくわからん頭が固い存在で、あまり何でもかんでもに理解を示す存在だと子どもも対応に困る気がする。子どもが大人になった時、頑なな親たちをしなやかに乗り越えていってほしい。そんなこんなで、うちでは「パパ」「ママ」という優しい音の響きではなく、「お父さん」「お母さん」と呼ばせている。

| | コメント (0)

自己矛盾

 都市で生きるということ自体が自己欺瞞に満ち満ちている。
 エコロジーだの、サステイナブルだの、住民参加だの語ったところで、自分の生活を振り返ってみると、実現できていないだろう?あまりにも脇が甘すぎる。
 いろんな自己矛盾を抱えながら生きている。きっとその矛盾は、都市で生きている限りは小さくならない。だけど、その矛盾から目をそらすのは止めておこう。

| | コメント (0)

2009年8月27日 (木)

研究者の冷たいハート

 研究者に憧れて、博士後期課程にきたものの、私は研究者に向いていない気がする。

 研究者に憧れた理由のひとつは、仕事範囲を自分で定めることができるということ。影響を及ぼす範囲の広さ。そして、若い世代と交流することの可能性といったこと。

 でも、なりたいと思いつつも、ポストが限られている以上、なかなか研究者にはなれないし、それ以前の問題として、研究者の適性があるかどうかというのもある。

 博士後期過程に入ってすぐに、准教授の先生に「これからの研究者は地域に入っていかないといけない。でも、地域の中でいろいろと一緒に活動しつつも、冷たいハートを持っていないといけない。冷たいハートの持ち主だけが、客観的な分析をできる」と言われた。その時はそんなものか、と思ったのだけど、いまさらながら私は冷たいハートなんか持てないような気がしている。

 たとえば、困っている人がいたとして、その人の状況を詳しく分析するのが研究かもしれないが、私はついついその人に対していろんな思い入れをしてしまうし、何かに対して憤りを感じてしまったりする。それに、研究的に新規性がある、という理由だけで、いろんなことを聞き出すのには、かなり躊躇する。

 今回の佐用の災害だってそうだ。もっともっとボランティアを投入すべきだ、とか、義捐金を集めなきゃ、とか思う。ある先生は「これをきっかけに人口が移動するだろうから、そういう人口動態を調査したりすると研究上意義があるんじゃないか」と言った。私はそんなことを思いつきもしなかったし、そんなことするのは嫌だ、そんな研究できない。だって、「ここに住んでいたおばあちゃんは佐用が大好きだったのに、住宅を再建することができなかったから神戸の娘さんの家に移り住んでしまった。高齢になってから慣れていない都市で生活するのはどれほど大変なんだろう」といろんなことを考えてしまって、調査なんかしたくなくなるのが目に見えているから。それに、今だって、論文の締め切りがあるからここにいるけれど、本当は佐用にもっと行きたい。論文なんて役に立つかどうかわからないのに、こんなものに振り回されている自分が恨めしい。

 冷たいハートを持ちきれていないから、私の分析はシャープさに欠けるし、考察も一般的すぎる。だから、私の論文はつまんない。なんか言い訳がましいな。がんばろうという掛け声だけじゃ乗り越えられない壁があるような気がするんよなぁ。

| | コメント (0)

2009年8月20日 (木)

佐用の災害に関する情報のまとめ

佐用町公式ホームページ
義援金募集について、災害ボランティアについて。役場自体も被災している上に、被災者からの引っ切りなしの問い合わせで、大変な状況のようです。役場の方からメールをいただいたのですが、夜2時過ぎまで仕事して、朝7時に出社する日々が続いているようで、「いつ通常業務に戻れるのか先がみえない」と書かれていました。通常業務はほとんど止まっているようです。

佐用町災害ボランティアセンター
佐用町のボランティアセンターが、ブログで情報を配信中。少しずつ情報が増えて来ました。現地の様子、ボランティアの注意など。

ひょうごボランタリープラザ
兵庫県の社会福祉協議会が運営しているページ。県内の情報のまとめ。21〜23日にバスが出ます。今日中に連絡すれば、バスを予約できる。(追記:10時頃にバスの募集は締め切られたようです。)

レスキューナウ災害ボランティア情報支援センター
災害ボランティアに関する様々な情報が載っています。いろんなところが運行しているボランティアバスの情報、自然災害に便乗した悪質商法に対する注意喚起などさまざまな情報が載っています。

水害ボランティア
水害ボランティアマニュアルについて書かれています。ボランティアに行かれる予定の方は、必ず見た方がよいと思います。なぜ長袖長ズボンじゃないとダメなのか、ビニル手袋がどういう役にたつのかといったことが書かれています。

※また、折をみて、時間を見て情報を増やします。

| | コメント (0)

2009年8月17日 (月)

災害ボランティアをうまくシステム化するには

 阪神大震災の教訓を生かして、災害が起きた際にボランティアをとりまとめるノウハウが蓄積されてきた。今回の佐用町のボランティアでも、ある程度システマティックにことが動いている。災害ボランティアセンターを被災地の近くの佐用高校に配置し、一旦そこにボランティアを集め、依頼があったお宅までボランティアを派遣する。様々な支援物品(飲料水、食べ物、タオルなど)、スコップや一輪車などの作業に必要な道具はセンターに集められている。万が一の事故に備えて、ボランティア保険にもボランティア全員加入する。

 継続した支援は無理でも、一日か二日だけならボランティアにかけつけたいという人はたくさんいる(私も含めて)。以前、ある土木計画学の先生が「ボランティアは泡のような存在」と言っていたが、被災直後にはこのぶくぶくした泡がたくさん必要で、もっともっと泡だってほしい。泡は、ある意味無責任だ。困っている人を目の当たりにして何かを手助けしたいという気持ちがあったとしても、何を手助けすればよいのか分からない と動けないし、責任や負担の範囲があまりに大きくなりすぎると手助けを躊躇してしまう。でも、責任や負担の範囲を明らかにすること、活動内容を明確にすること、仕組みをきちんと作れば、「手助けしたい」という多くの泡の気持ちをまとめることができる。

 今回の佐用でも多くのボランティアの人が訪れているが、まだまだ数が足りていない。ボランティアの中からも、豊岡の水害の時よりも少ないという声が出ていた。私は当面、以下の2つを改善すれば、もっとボランティアが増えるのではないかと考えている。

1.情報をもっときちんと伝えること

 佐用町の水害に関して、何かやたらと美談っぽい記事がネット上に転がっている。確かにそういう記事も大事だが、それ以上に大手新聞社はボランティアが足りていないということをきちんと伝えるべきだ。

 それに、佐用町自体が小さな地方自治体ということもあって、役場も社会福祉協議会も対応に慣れていない。そのため、出てきている情報が少ない。どこにいけばいいのか、するべき作業は何なのか、そういった情報をきちんと出してほしい。佐用町災害ボランティアセンターのblogがあるのだけれど、忙しいためか、あまり情報がない。もっと充実してほしい。

 そして口コミでボランティアを呼びかけていくこと。ボランティアに参加した人、佐用町に知り合いのいる人、そういった人が佐用町の現状をみんなに伝えて、できるだけたくさんの人に関心を持ってもらいたい。

2.被災地までのアクセスをよくすること

 現在、佐用町までのアクセスは非常に悪い。JR姫新線が運休している(代替バスはある)のもあるし、現地に駐車場がどのくらいあるのか分からないから自家用車で行ってもよいかどうかためらう人も多いだろう。それに、佐用町自体が兵庫県と岡山県の県境で、少し辺鄙なところにあるため、どうやって行けばよいか分からない人も多いのではないか。

 ボランティアセンターになっている佐用高校には、駐車場がある程度あるものの、多くの人が自家用車で来られるとパンクしてしまいそう。もし、個人的に来られる方がいたら、何人か乗り合わせてくるのをお勧めしたい。 

 今回、私は兵庫県社会福祉協議会が出しているボランティアバスで、佐用町まで行った。ただ、このバスは15日と16日だけの運行で今は動いていないし、今後の運行は未定だ。できれば、このボランティアバスを今後も運行してほしい。

| | コメント (0)

佐用町のボランティアに関して情報が不足している

 佐用町などの被災地でボランティアが足りていないという情報が少ない。

 ざっと探したところ、神戸新聞にしか載っていなかった。(ボランティア集まるも、900人不足 佐用町 )

 この記事(佐用豪雨被害 12歳復興お手伝い 神戸からボランティア140人)にいたっては、ボランティアが続々と増え続けているという印象を与えている。 

 しかし、実際は逆だ。昨日までは盆休みなのと、土日だったこともあって、多数の方が参加することができた。それに、県の社会福祉協議会が神戸からバスを出してくれた。それでも、全然人手が足りていなかった。

 今日からは平日だ。バスも出ない。姫新線も止まっている(代替バスは出ている)。きっとボランティアの数はかなり減ってしまう。相互扶助がかなり強い地域だが、被災している世帯が多すぎるし、高齢者が多いので、外部からの人が大量に必要だ。

 かなり危機感を覚え、mixiにもこのblogにも記事を書いたのだが、早速数件メールをいただいた。

 問い合わせ内容は、どのような作業をするのか?、そして、被災してから1週間がたっているけれどまだまだ人手が必要なのか?ということ。人手が足りないという情報が伝わっていない。私だって被災地に行くまで、あんなに大変な状況だと思わなかった。

 佐用豪雨のあとに、静岡で大地震が起こり、人々の興味が佐用には向かなくなっている。お願いだから、大手新聞社にはボランティアが不足しているという記事をたくさん書いて欲しい。1日だけなら参加できるという人はたくさんいると思うが、何をすればいいかわからなくて二の足を踏んでいる人も多い。大手の新聞社は、そういう人をその気にさせるような記事をかいてほしい。美談は後回しでよくないか。

 おそらく、被災者にはお見舞金が出ることだろうが、そんなものは微々たる額だ。それに全壊した住宅と、半壊の住宅では見舞金の額も違うと聞く。半壊であったとしても、1m以上水につかった住宅はもう使い物にならない。佐用町は高齢化率が高く、復興できるかどうかわからない。

 佐用町は美しい町だった。水がきれいで夏にはたくさんの蛍が出る。川沿いには地域の人たちが紫陽花や曼珠沙華などを植えていて、季節ごとに鮮やかな顔をみせてくれた。空気が澄んでいて、晴れた夜には満点の星を眺めることができた。きれいな水を使ってホルモン焼きうどんや、おいしい味噌や醤油を作っていた。それなのに一晩の豪雨で街は壊滅的な状況になっている。本当に本当に辛い。

(追記)ボランティアが不足していて深刻な状況という記事が、少しずつ増えて来た。例えば、豪雨の佐用町にボランティア続々 約6千人参加、まだ不足など。もっと情報が増えてほしい。特に大手4誌から記事が出れば、効果が絶大だと思うんだけどなあ。

| | コメント (0)

佐用でボランティアが足りていません

■ボランティア集まるも、900人不足 佐用町
(神戸新聞)

 8月16日(日)に、佐用町に災害ボランティアに行きました。
 あるお宅にお邪魔して5時間ほど泥のかき出し作業をしましたが、まだまだ終わっていません。
 地元の方は、ボランティアセンターに依頼しても、被災者が多すぎて、ボランティアがなかなか来てくれなくて困っています。
 今でもボランティアが足りていないのに、今日からは盆休みも終わり、さらにボランティアは減るのではないかと思います。

 お願いです。もし、一日だけでも佐用町に行くことができる人がいたら、ボランティアに参加してもらえないでしょうか?
 災害から1週間がたち、地元の人々は疲労困憊しています。 佐用町は高齢化率が30%を超えており、高齢者だけの世帯も多いため、作業が遅々として進まず、困っているお宅はたくさんあります
 ボランティアがやるべき作業は、それほど難しくありません。
 体力のある方の方がのぞましいですが、普段デスクワークしかしていない私でもできました(代わりに夜には背中と腕がいたくなりましたが)。

一晩の豪雨で佐用町は壊滅的な状況になっています。
多くの人が普通の生活を取り戻すめどがたっていません。今も水道がない中で、泥まみれの家と闘っています。
ボランティアでも、義捐金でも。できる方ができる範囲で、佐用町の人々の役に立っていただけないでしょうか?

 お手伝いしていただける方は、下記のところまで連絡してください。

佐用町災害ボランティアセンター
 電話0790−78−0830(受付時間:9時〜16時)
 Fax0790−78−1700(24時間受け付け)
 ※基本手弁当ですが、事務局に大量のマスク、飲み物、菓子パン、塩飴、ビスコなどがありました。また、ボランティア保険(300円)に加入する必要があります。

義捐金の募集もしています。

義援金の募集について

(追記:2009年8月27日)佐用町ボランティアセンターのblogによると、団体によるボランティア受付は終了し、個人ボランティアのみを受け付けているそうです。大人数でやる作業ではなく、スポンジで清掃したりなど、細やかな作業が残っているそうです。

| | コメント (0)

2009年8月15日 (土)

佐用町災害ボランティア

 明日、佐用町に災害ボランティアに出かける。明日のために軍手と長靴、カロリーメイトを買った。田舎に帰省していたのだが、オットと娘をおいて、早めに帰ってきた(こういう時に快く送り出してくれるオット、義実家に感謝。娘は少し寂しそうにしていたけれど、今回は本当にごめん。行かないと気が済まないんだ)。


 今回の災害で、佐用町の中心部は壊滅的に被害を受けている。どうやら人手は全然足りていないようだ。


 もし、ボランティアに参加できそうな人がいたら、下記まで連絡をお願いします。


 佐用町災害ボランティアセンター


 電話0790-78-0830:受付時間:9時~16時

 

 Fax0790-78-1700:Faxは24時間受け付けてます。氏名・住所・連絡先・詳しい状況・希望日時をご記入ください。とのことです。


 明日は始発で出かけるので、もう寝るので、日記はこれでおしまい。ちゃんと力仕事ができるか心配だけど、頑張ってきます。


追記:兵庫県内の災害の状況に付いては、県の社協のページにまとめられていた。佐用だけでなく、宍粟市、朝来町についてもボランティアを募集しています。
災害関連情報

| | コメント (0)

2009年8月 7日 (金)

わきカスタワークショップ

200907262217  先月末、わきカスタネットワークショップとソラネコライブ「ネコの瀧のぼり」に、家族3人で行った。

 場所は箕面の橋本亭。橋本亭は古い旅館を改築したカフェ。箕面の瀧道は私たち家族の散歩コースの一つであるのだけれど、橋本亭には行ったことがなかった。古い木造建築は、入るだけで楽しい。木造の梁、板張りの廊下、建具、欄間、そして窓には古いガラス(古いガラスは平面じゃなくて曲面なので、外が少しゆがんで見えて好き)。団地に住んでいる私たちには、そうした一つ一つが美しく見える。箕面川のせせらぎの音も聞こえて、涼やかな雰囲気なのもいいなぁ。こういう家に住みたい。

 さて、わきカスタワークショップ。わきカスたとは、わきにカスタネットをはさんで、腕の上下運動でカスタネットを連打する演奏技術のこと。ソラネコのはたさんが編み出した技術。初めてソラネコのライブで見た時、衝撃を受けた。こんなに見た目がバカバカしいのに、素敵な音がなる!そして、今回のワークショップでは、はたさんからわきカスたを直伝してもらえて、しかもお土産にカスタネット(両わき用)がもらえてかなりお得だった。

 はたさんはわきカスタをとても簡単そうに、しかもウクレレを弾きながらする。でも、実際やってみると普段していない動きをするので、結構腕がしんどくなる。やっているうちに息切れもしてきた。連続してカスタネットをならすのはなかなか至難の業。結構、隠れた練習が必要かも。

200907262221  ワークショップでは、みんなで「わきおどり」の歌を作った。「わき」という言葉を使って、意味がありそうでなさそうな言葉を紡いでいく遊び。歌詞ははたさんの日記に載っている。「わきのココロはわきゴコロ」とか、「わきめもふらずわきあいあい」とかのフレーズに、さすが関西人だなぁと感心してしまった。こういう言葉のセンス、ちょっと羨ましい。最後にはこの「わきおどり」の歌を歌いながら、わきカスタをして終わり。「わき!」「わき!」と合いの手をいれながらみんなで笑いながら踊っていると、テンションがどんどん高くなっていって、本当に本当に楽しかった。ワークショップには老若男女さまざまな人が参加してたのだけど、みんないい笑顔だった。

200907262218  午後からはソラネコのライブ。お座敷で聞く不思議な音楽。新しいアルバムを作成したところらしくて、新曲もたくさん。うちの娘は、また「けものちゃん」で一人立ち上がってダンスしていた。よそのお子さんがペットボトルをウクレレに見立てて、「パンツ100枚」を熱唱していた。結構年配の人たちも来ていて、60歳過ぎのおじさんが終始顔をほころばせていたのも印象的だった。あたたかな雰囲気のライブだった。

 ソラネコさんのライブって、何か脳内麻薬がめっちゃ出る気がする。終わった後、ふわふわと温かい気持ちになる感じ。それに、年齢層を問わずに楽しめる。こういうのを家族で気軽に共有できるのって、幸せなことだ。

| | コメント (0)

2009年8月 5日 (水)

アンドロイドは電子オルガンの夢を見るか

 子供の頃、エレクトーン*の県大会に一度だけ出たことがある。

 それまで特に目的もなく、かなり気軽な感じでエレクトーンを習っていた。クラシックよりもポピュラー音楽や歌謡曲を中心に弾いていたので、私にとってエレクトーンは遊びの一種だった。そんな私だったが、小学校5年生の時に先生のすすめでYAMAHAの大会に出ることになった。弾いた曲は「幻想曲さくらさくら」というピアノ曲のエレクトーンアレンジ。当時の我が家にはゲーム機器もパソコンもなく、他にするべきことがなかったので、結構熱心に練習した。そうしたら、地区の大会で優秀賞をいただいて、県大会に出場できることになったのだ。 

 で、せっかく出ることができたにも関わらず、県大会での私の演奏はあまりよくなかった。誰にでもわかるようなミスをいくつかしたし、気持ちがのっていなかった。聞きにきてくれた姉が「練習の方が上手だった。今日は下手だった」と率直な感想をこぼして、母にたしなめられていた。姉の感想を聞いて少し凹んだが、確かに下手だったなと納得もした。

 それでも、県大会に出たのは、すごく貴重な体験だった。というのは、それまで何となく弾いていたエレクトーンにかなり真剣に取り組むことができて、エレクトーンや演奏についていろいろと考えるきっかけになったから。

 一つは、私は楽器を上手に弾くことにそれほど興味がないことがわかった。私にとって「幻想曲さくらさくら」は地区大会に出た時点で、間違わずに弾けるようになっている曲だったので、それ以上練習を続けるのは苦痛でしかなかった。私はエレクトーンの練習に飽きていた。楽器の才能がある人というのは、練習に飽きるというのを乗り越えて、演奏に自分なりの表現力を加えることができる人なんだろうと思う。

 それ以上に、エレクトーンという楽器の限界を何となく感じた。エレクトーンという楽器は、リズムや音色をあらかじめプログラミングしておいて、そのプログラムに従って演奏する楽器。Aメロの終りにフィルインが入って、音色が勝手に変わる。それに合わせて正確にキーを押していかないといけない。120のテンポにプログラムしたら、110のテンポで弾きしたくても120で弾かないといけない。プログラムからずれた音を弾くことが許されない。最初にプログラムしたのは私のはずなのだけど、弾いているうちに、私がエレクトーンにプログラムされているような気持ちに陥っていた。今考えると、この主体性の問題はもっと積極的にプログラムをしたり、編曲、作曲することができれば、解決できたんだろうなぁ。

 演奏技術の汎用性の低さも気になっていた。いくら上手にエレクトーンが弾けても、ピアノなど他の鍵盤楽器がからきし弾けないのだ。ピアノはタッチが大事なのに対し、エレクトーンの鍵盤は弱い力で押そうが強い力で押そうが同じ大きさの音が出る。音の大きさは右足のペダルで変えるからだ。一応タッチトーンという機能もあったけれど、それほど指の力が必要とされない。それに、私は一定のリズムで演奏するのが苦手だった。なぜなら、いつでもエレクトーンから流れてくるパーカッションに合わせて弾いていたから。便利であるがゆえに、技術力が培われなかったからだ。

 エレクトーンはそのあと2年ほど習ってやめた。直接的な理由は、中学生になり部活などで忙しくなったことなのだけれど、これ以上習っていても楽しく弾けないような気がしていたからだ。

 楽器を習うのは、生活の楽しみの幅を広げてくれる。それに、五線譜がよめると、学校の音楽の時間を苦痛を感じないで過ごせる。私は音痴であるにも関わらず、小学・中学と音楽の成績だけは良かった。平凡な子どもにとって、何か得意なものがあると思い込むことができるのは幸せなことだ。もし、バイエルから入るピアノを習っていたら、練習が嫌で、もっと早くやめていたかもしれない。でも、その一方で、やっぱりピアノを弾ける人が羨ましかったりする。ピアノの演奏技術の汎用性の高さ、楽器の構造のプリミティブさ、演奏者によって音色が変わる点、そういうことが羨ましい**。娘がそろそろ「ピアノを弾きたい」とか「ヴァイオリンを弾きたい」と言い出したので、何か楽器を習わせたいのだけれど、何を習わせるのかはまだ悩んでいる。

- - - -

*エレクトーンというのはYAMAHAの電子オルガンの登録商標。カワイではドリマトーンという名前らしい。でも、子どもの頃は一般名称だと思い込んでいた。エレクトーンのせいで、私はフルートはうるさい楽器だと思っていたし、ストリングスは何か変な音と思っていた。当時のサンプリング技術はそんなに高くなかったんだろう。そういえば、初音ミクなどのVOCALOID技術は、YAMAHAが開発したらしい。初音ミクの歌声を初めて聞いた時とかはちょっと衝撃的だった。ヴォーカルいなくても、ライブできるやんって。多分、生楽器のサンプリング技術も上がっているので、エレクトーンの音は良くなっているんだろう。

** 社会人になってからピアノを習い始めた。大人になるとバイエルをする目的がわかるので、とても楽しく練習できた。出産直前まで習っていたのだが、あんまりうまくならなかった。あぁ、こうやって書いていると、ピアノの練習がしたくなってきた。時間を見つけて弾こうっと。

| | コメント (0)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »