筋電義手の話
以前、私が働いていたF研究所は、筋電義手の処方を行う数少ない施設の一つだった*。筋電義手というのは、脳から発せられる命令が神経を通して伝えられた時に発生する微弱な電気的刺激を検知して、動く義手。5本の指すべての指を動かす筋電義手も研究がすすめられているが、一般的な筋電義手は手のひらを閉じる/開けるの単純な動きしかしない。それでも、動かない義手と違って、物をつかむことができるし、他の機能的な義手(フック型のものなどと比べると)ぱっと見、普通の手に見える。
去年、24時間テレビで、そこの施設で筋電義手を処方された少女がヴァイオリンを演奏する姿が放映された。先天的に上肢欠損で生まれると、無いのが当たり前なので、上肢がないことの不便さ、義手の便利さを感じにくいらしい。1回処方されても、長続きしない子どももいるそうな。ヴァイオリンの演奏は両手がないとできないので、リハビリとしても意味があるとか。
放映後、問い合わせが飛躍的に増えたそうだ。私は、24時間テレビの演出があまり好きではないのだが、情報を伝達するという役割は重要だ。なぜなら、上肢欠損の子を持つ親でさえも、筋電義手に関する情報を持っていないから。
なぜ、筋電義手の情報が広まっていないのか?最大の理由は、筋電義手は一般に公的に処方されていないこと。身体障害者福祉法では筋電義手の交付は基準外交付という形でしか認められず,労災による交付も,両側上肢切断の片側のみ交付が認められているという状況らしい。さらに、義手が1本100万円程度と高いこと(当然、処方後のリハビリ、定期的な適合チェックなど費用はかなりかかる)、筋電義手を処方する病院が少ないことから、自費で筋電義手を使おうという人はまずいない。
補装具の基準外交付は、普通の病院では不可能というぐらい難しいらしい。F研究所は、研究の一環で筋電義手を購入、貸出していた。使えるという実績を積んでから交付申請するとか。筋電義手が交付の基準外になっているのは、日本で「使えないもの」と思われているためだとか。義肢装具士の方は、医療のそういう常識を変えたくて、少しずつ筋電義手ユーザを増やしていこうとしていると言っていた。
実は、筋電義手は新しい技術ではない。何十年も前からある技術で、欧米では義手と言えば筋電義手を指すらしい。一人の人間が自立して生活できるという観点からすると、公費で負担するべきだと思う。しかしながら、筋電義手に限らず、障害者の補装具の公費支給の物品や価格の基準は、1990年代後半の状況が変わっていないという話も聞くので、なかなか使い勝手のよいものになっていないようだ。障害者の人数は少なく、高齢者介護に比べて市場が小さい。そのため、障害者の補装具や施策の改善があまり進んでいない。
私の専門ではないため、この記事の全てが伝聞を元にしているのは、少し心苦しい。この現状を変えていくのには、少しでも多くの人に知ってもらうことが大事かと思い、私が知っている範囲でまとめてみた。
筋電義手に関する情報はこちら→が詳しい。日本義肢装具学会誌の特集「小児の四肢欠損・切断と義肢」、筋電義手と試用評価サービス
- - -
今回の筋電義手に関する話は、F研究所の研究者、義肢装具士の話をもとにして書いています。また、miwa_chanさん(twitter)に障害者の補装具の現状を教えてもらいました。
*F研究所は、病院やリハビリ施設などを含む大きなセンターの中の一部分。正確に言うと、筋電義手を処方するのは病院。でも、研究所に所属している義肢装具士、義肢の研究者も大きく関わっていた。私がしていたのは、交通計画に関する研究。交通計画は環境の面から、義肢装具は個人の身体能力の面から、障害者の生活を支える。目的は同じだけど、アプローチが全く違う。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント