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2009年10月24日 (土)

結婚式の不思議

 昨日に引き続いて結婚式の話。

 我が家の近所に、チャペルのあるホテルがある。この季節、週末になると結婚式が行われているようだ。「ようだ」というのは、通りすがりに、ハイテンションな司会の方の声を聞いたり、飛んでいく風船を見かけたりするので、「結婚式をしてるんだなぁ」と思うだけということなんだけど。全く見知らぬ誰かが結婚している、というのを感じ取ることができる環境というのは不思議なものだ。

 でも、思い起こしてみれば、子どもの頃は、見知らぬ人の結婚をもっと身近に感じていた。私の生まれ育った福井は結婚式が派手なお土地柄だった。春や秋には、花嫁道具を積んでいると思われる大きな赤いリボンをつけた派手なトラックをよく見かけた。それに、饅頭まきもよく行われていた。饅頭まきというのは、お嫁さんが嫁ぎ先の2階の窓からお饅頭やお菓子等をまく儀式で、主に福井でだけ行われるものらしい。週末になると「○○で饅頭まきがあるらしい」という噂を聞いて、エプロンをつけて出かけるのだ。そして、エプロンを広げて落ちてくる饅頭をキャッチするのだ。不思議な儀式よなぁ。でも、私が中学生ぐらいになってからはあまり見たことがないので、廃れてきているんだろう。

 そういえば、結婚式の食事にお赤飯と鯛の尾頭付きは「必ず付くもの」ではない、というのに最近やっと気がついた。引き出物と一緒にお赤飯を持ち帰るのが、結婚式の楽しみの一つだと思い込んでいた。

 先日は、後輩の結婚式で、ファーストバイトというイベントを初めてみた。お互いにケーキを食べさせるというもの。司会の方の説明によると、新郎から新婦への一口は「一生食べるものに困らせないから」、新婦から新郎への一口は「一生おいしいものを作ってあげる」との意味が込められているらしい。何でこんな役割分担をみんな受け入れるんだろう?不思議だ。

 不思議と言えば、新婦から家族への手紙も不思議だ。なぜ、ああいう個人的な思いをなぜ衆人環境のもと、打ち明けなければならないんだろう。しかも、新婦のみで新郎からの手紙はない。そして、私はあれにいつも困る。だって、友人の頑張ってきた様子とかを思い浮かべて泣いてしまうし、自分と友人を重ね合わせては泣いてしまうし。お酒が入っているのもあって、号泣してしまったこともある(←泣き上戸とはいえ、バカか私は)。最近では、自分の娘が改まって家族に手紙を書く様子を勝手に想像して、さらに泣いてしまう。

 斎藤美奈子さんの著書「冠婚葬祭のひみつ」によると、式も披露宴も高度成長期にできた形態で、伝統的なものではない。そうはいっても、結婚式は、区切りになるし、気持ちも改まる部分はあるだろう。それに、披露宴は、親戚や友人、お世話になった人々に配偶者を紹介する場としてちょうど良い。そんなこんなで。私にとって結婚式は不思議がいっぱいで、興味深い。

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コメント

偶然今日饅頭まきのことをMから聞きました。
彼女はぺしゃんこに踏まれる饅頭のトラウマにしばられております。

最近の結婚式はほんとに多彩なショーですね。
ちなみに高知では礼服でなくてもOK。
そのつもりで名古屋の友人の結婚式へ行って浮いてしまったことが。。。

投稿: は | 2009年10月25日 (日) 20時37分

ぺしゃんこに踏まれる饅頭、うわぁ。確かに嫌な絵ですね。
そういうのもあって、やらなくなったんでしょうか。

韓国の留学生によると、韓国では普段通りの服装で結婚式にいくそうです。
私はあまりかしこまらない方が、温かみがあるし、新郎新婦の人柄がよく見えて楽しいような気がします。
結婚式ってどんどん変わっていって、私らしさが大事という方向になっているそうです(via 「結婚式のひみつ」 斎藤美奈子著」。
でも、底の方に流れる旧態依然とした「オットは外で働く、ツマは家を守って内助の功」という考え方が変わらっていないような。
本人たちにその気がなくても、一つ一つのイベントや司会の方の言葉の端々にそれを感じとってしまって、何でなんだろう?と思いながら帰ります。
(お祝いの気持ちが強いのに、細かいことに気になってしまう自分が少し嫌です)

投稿: ぴか | 2009年10月26日 (月) 12時42分

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