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2009年10月30日 (金)

障害があること自体は不幸じゃないはず

  国際生活機能分類(ICF)というものがある。国際的に障害がある状態というものをどう定義づけるのかを示したものである。ICFの利点はたくさんあるが、障害とは身体的な機能障害だけでなく、環境因子も障害に含まれると位置づけた点は大きな利点であると思う。

 同じ身体機能を持っていても、環境が異なれば、できること/できないことは大きく違う。たとえ車いすユーザであっても、住宅や交通機関、多くの施設がバリアフリー化されていれば、移動に大きく困ることはないだろう。一方、身体機能に障害がなかったとしても、車が使えない私なんかは、田舎に行くと大きく移動に不便を感じる。子どもが小さかった時も、ベビーカーを押していると、やたらと遠回りしないといけなかったり、エレベータがなくて階段しかない駅のホームで立ち尽くしたことがある。人の能力というのは環境に依存する部分が大きい。

 ということをふまえて。私は社会をバリアフリーにする意義は大きく4つあると考えている。

 1つはバリアフリー化することで、個人の能力を高めることができるだろうということ。障害があろうとなかろうと、一人一人ができることの幅を広げる。そして、生き方を自分できることができるようになる。

 2つ目は、バリアフリー化することで、公平な社会を実現できるだろうということ。バリアフリー化されていないと、障害を持っている人、持っていない人との間で格差が大きい。移動もそうだし、教育、職業など様々なところで格差が生じている。バリアフリー化は、そうした格差を小さくすることができる。

 3つ目は、バリアフリー化することで、「安心」「安全」な社会を実現できるということ。車いすユーザでなくとも、駅のエレベータにほっとしたことがある人は多いだろう。万が一、けがをした時、妊娠したとき、大きな荷物を持った時、そういった一時的な障害が生じても、社会全体がバリアフリー化されていれば困難が小さくなる。また、不確定要素の多い将来に対する不安も減らすことができる。

 4つ目は、バリアフリー化することで、社会を活性化することができるということ。たとえば、通勤が困難であることを理由に仕事ができなかった障害者の方は多い。働きたい人が働けるようにする、人と人との交流を深めるなど、バリアフリー化することで達成できることはたくさんあるだろう。

 障害があること自体は不幸じゃない。障害に対応していない社会であるということが不幸なんだ。私は、この世の中が良い方向に向かっていると信じているし、そう感じている*。障害を障害だと感じない社会がいつの日か実現できる日がくると思っている。

 具体性がなくてすごく上滑りのつまらない文章になってしまった。私の経験値が少なくて、文章が下手なせいだなぁ。書きたかったことは、障害があるかないかというのは環境に依存するから、障害者のことやバリアフリーは他人ごとなんかじゃなくて、みんなに関する話なんですよ、ということです。

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*もちろん小さなブレはあって、悪い方向に向かっている時もあるが、大きな流れを見ると、そう悪くはないのではないかと。そして、その悪い方向は修正がきくのではないかと。

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