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2009年11月27日 (金)

誰かのために祈るような

 昨日、保育所に行く途中、子どもが転びそうになって半泣きになった。元気を出させたくて、小沢健二の「おならで月までいつか行けたらいいな」を歌い出したら、子どもも合わせて歌ってくれた。朝から二人で「ブー」「ブー」「ブーブーブー」って歌っていたら、楽しくなって、走って保育所まで行った。

 「おならで月まで行けたらいいな」は、ポンキッキーズという番組内で歌われた曲。こんな↓他愛もない曲。子どもが大好きな”おなら”という言葉を使ったかわいい曲。

 この歌が歌われた当時、私は小沢健二(便宜上、小沢君と書くよ!8つも年上なのに。ということは彼はもう41歳なのか)のことがあまり好きじゃなかった。

 大学生の頃、1回だけ小沢君のコンサートに行って、「Flipper'sの頃と全然違う」と何だか裏切られた気持ちで帰ってきた。みんなで手拍子するよう求めるなど会場全体の一体感を求めたり、とか、もうね。お客さんも「王子様!」と目をキラキラさせていて、アイドルのコンサートのようだった。服装もなんか王子様っぽかったし。森永ダースのCMで言っていた早口のセリフを言ったりとか、MCもサービス精神旺盛な感じだった。分かる人だけが分かる小沢君じゃなくて、分かりやすいみんなの小沢君だった。

 テレビでペラペラと話す様子もつまらなかった。Flipper's Guitarの頃も饒舌だったけれど、ソロになってからは自分を見世物だと意識して話している感じがした。オリコンで10位以内に入っちゃうキャッチーな歌、わかりやすく見える歌詞もつまらなかった。そういうメインストリームに繋がるようなことをする小沢君のことが嫌になって、結局アルバムを1枚も買わなかった。気になるから、レンタル屋さんで借りて聞いていたけど。

 でも、最近になって、小沢君がしようとしていたことが何となく理解できるような気がする。小沢君は、ゾーイーがいう「太っちょのオバサマ」のために歌を作ったり、コンサートをしたり、テレビに出たりしていたのかなぁって。

 ゾーイーはサリンジャーの小説の中に出てくる男の子。理想と自意識とのギャップに悩む妹のフラニーに、彼は、こんなことを言う。

シーモアは、「太っちょのオバサマ」のために、靴を磨いていけって言うんだよ。(中略)

ぼくはね、俳優がどこで芝居しようとかわまんのだ。夏の巡回劇団でもいいし、ラジオでもいいし、テレビでもいいし、栄養が満ち足りて、最高に陽に焼けて、流行の枠をこらした観客ぞろいのブロードウェイの劇場でもいいよ。(中略)

そこにはね、シーモアの「太っちょのオバサマ」ではない人間は一人もおらんのだ。(中略)

この「太っちょのオバサマ」というのは誰なのか。(中略)

それはキリストなんだ。キリストその人にほかならないんだよ。

(J.D.サリンジャー著、野崎孝訳「フラニーとゾーイー」*)

 今、私は小沢君の当時の楽曲を聞くと、そういう意思を勝手に感じてしまう。子どもと一緒に「おならで月までいつか行けたらいいな」を唄っていると、こういう他愛もないことの中に、人間関係の本質があるような気がしないでもない。

 私に接する人を喜ばせたい。笑わせたい。そして、それをみて私が嬉しくなりたい。神様のことまで考えが及ばなくても、そういうのが大事なのかなぁって。

 相変わらず団体行動が苦手だけれど、コンサートでみんなと一緒に手拍子するのも楽しいよね、と思えるようになってきたし。一体感も大事かもねって。ちょうど小沢君がアイドルっぽく活動していた時期って、時代の歌というものが見えにくくなり始めた時期だったから、なおさらそういうのを意識してたのかもしれない。

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 小沢君が、今現在何をしているのかよくわからない。2年ほど前までは、環境っぽい活動をしていたみたいだけど、何が目的なのかよくわからなくて、頭でっかちで具体性がない感じがした。この小沢君も私にはかなりつまらない。本当に、隠遁生活を送るサリンジャーみたいになってしまった。

 サリンジャーも小沢君も『太っちょのオバサマ』を楽しませるために、戻ってきてほしいのに。

参考URL 

 →小沢健二を見てきた(Daily around me)

 →[小沢健二] 社会臨床学会の学習会に出席(ナタリー)

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* 「フラニーとゾーイー」は、大学生の頃すっごく好きで、繰り返し読んだ。この本は、20歳ぐらいまでにしか読めない本だと思う。今では、フラニーの悩みは理解できるけど、同調まではできない。それに改めてパラパラと読んで、訳の古さに少しびっくりした。ライ麦畑の新訳が出ているように、フラニーとゾーイーも新訳出ているのかな?

 そういえば、ゾーイーは結婚しない理由を「それはね、ぼくが汽車に乗るのが好きだからさ。結婚したらもう、窓際の席に坐れないだろう」と言っている。うちのオットは、結婚しても窓際の席に座り続けているけどね。

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 「コーネリアスの惑星見学」で、藤子不二夫でいうと、Aが小山田君でFが小沢君って書いてあって、ちょっと納得。小山田君は、Tシャツを作りたいからという理由でコーネリアスというユニット名を作ったり、惑星見学であちこち見学に行ったりして、いつまでも子どもっぽくてかわいらしかった。かわいい人は年をとってもかわいい、今でもかわいい。コーネリアスがアメリカの子ども番組に出ているのをyoutubeで見たけれど、全然子どもに媚びない感じで"count five or six"を演奏していて笑った。編集で子ども番組らしくはなっていたけれど(動画を探したんだけど見つからなかった。残念)。

 小沢君のやろうとしたことは長続きしなかったのに対して、小山田君がずっと同じようなペースで活動しているのは何だか象徴的。結局、長く楽しく続けようとしたら、社会のため、みんなのためというのを考えすぎるとうまくいかないのかもしれない。

 渋谷系については、詳しい人、面白い考察をしている人がたくさんいて、いまさら私が書くことに何の新鮮味もないのは分かっているのだけれど、思いつきで書いた。反省はしていない(キリッ)。

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コメント

場所違いにコメントを残しちゃってごめんなさいね。読んだらさっさと消しちゃってください。

いろいろあるのでしょうけど、博士論文ってやっぱりひとつの大きなプレッシャーなんでしょうねぇ。それをずっと抱えている事がいつも少し、絶えず、いろんなところへ染みだしてくるんじゃないかな?なかなかそこは他人がどのようにも手を差し伸べる事ができない部分ですが、もうすでにネタがそろってしまっているんでしたら「論文はもうほぼ章立てで決まる」と私は思っています。「ぼちぼち行こう」と言っていられないから、というのがあるのでしょうが、いいじゃないですか、別に。先輩のアドバイスだって取り入れたほうがスムーズですが全部正しいとは限りません。

好きな勉強に取り組んでいるはずですよ。肩の力を抜いて、前にも言ったように「自分のペースで」行きましょう。そう思うだけで、ペースは下がりもしないし、調子も出てくるものですよ。

本当にお目にかかれるかな?、、と、思っていますからね~

(^-^)/♪♪♪ ガンバッテ

投稿: | 2009年11月29日 (日) 02時03分

ごめんなさい。お名前書かれていないのですが、きっとお世話になったあの方ですよね。
来月の特別講義には行く予定にしていますので、よろしくお願いします。
たぶん、ここ1週間ぐらいで調子は戻ると思います。
すみません、変なことばかり書いてしまって。

投稿: ぴか | 2009年11月29日 (日) 11時39分

はじめまして…ではないですね。
いつもお世話になっています(笑)
RSSを購読しておいて良かったですよ。
こんなこともあろうかとぉ!

自分の言葉がイヤになるとき…ありますよね、
ぼくもしょっちゅうです。
いや、ぼくの場合は
もう小学生時代の発言から消したいですね、
未だに頭を抱えることだって何度もあります。

でも、それも含めて自分なんですよ。
その時吐き出したことも、忘れたいミスも、
必ず今の自分を形作るのに活かされてるはずだと思っています。
辛いとき、イライラするとき、自暴自棄になるとき、
そういうときだってやって来ますよ、大事な時期ですから。
とりあえずは、ぴかさんのペースで
今やらなければならないことに向かって進みましょう。
焦らず、怠けず。

それと、「辛さが中途半端」みたいなことを仰っていますが、
それは違うと思います。
がんばっていればがんばっている人ほど、
自分の辛さを卑下して無理に鼓舞しがちです。
でも、その人にとっては本当に辛い筈なんですよ。
他人にとってどうかとか、計れないはずです。
基準なんてどこにも無いのですから。
それに、止まない雨はないですって。
とりあえず、まずは今を乗り切りましょう!

さて、こちらは漸く今日のイベント用のハガキを
作り終わりましたよ。
(おもいっきり過去作品の流用ですが…)
これから出力・断裁をします。
久々のイベントなんで、気合い入れますよ!

−Yes"And You And I"(邦題:「同志」)を聴きながら


P.S.
最後に「下ネタ」と仰っていますが、
そんなの下ネタではないですよ。
愛し合うことができるって素敵なことだと思います!

投稿: mitch | 2009年11月29日 (日) 11時48分

>mitchさんへ
変なものを読ませてしまい、申し訳ないです。
コメント、本当にうれしいです。ありがとうございます。
私もmitchさんのblog、RSSリーダーに入れてますよ。

乗り切れないわけはないはずなんです。今までだって、どうにかこうにかやってきたので。
少し弱音を吐きたくなっているだけなんです。

mitchさんの絵を実際に見てみたいですし、ドーナツの会とか楽しそうだなぁと思っていました。
機会があればお会いできたら、と思っていました。何か甘いおいしいものを持参して。
そう考えると、twitterをもう1回始めないと、会えないですね。
それに、mitchさんが描いてくれると約束してくれたアイコンを使いたかったし。

「ある場所から逃げたとしたら、そこから一生逃げ続けないといけない。もし逃げたくないんだとしたら、その場所に戻らないといけない。」
というようなことが、ある小説に書いてあったのですが、そのとおりだと思います。
逃げ始めたら、大事なものを失ってしまいますね。

twitterのアカウントを削除したことを、すっごくオットに怒られています。
1回壊してしまったネットワークをもう一度作るのはすごく大変だし、あなたは私と情報共有をしたくないのかと。
私自身も後悔しています。何をやっているんだか。

いろんなことが片付いて、自分の気持ちが落ち着いたら、もう1度、twitterを始めて、mitchさんをフォローしたいと思っています。
コメントを書いてくださり、本当にありがとうございました。

投稿: ぴか | 2009年11月30日 (月) 05時47分

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