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2009年12月26日 (土)

何かが欠けている不完全な自分が他者とつながるには 2/4 - 共同生活について-

(昨日の続きです)

 結婚している人間がこういうことを書くのは変だとは思うんだけど、結婚以外に、もっと人と人の助け合いの形がいろいろあってもいいと思うんだ。少し前に勝間和代さんが35歳までに結婚すべきと いうのを書いて話題になっていたけれど、結婚以外に他者とつながりを結ぶ方法の選択肢がないところが閉そく感を増やしている部分もあると思う。だって、結 婚するには、1対1の関係を成就させて維持しないといけない。いい人だなぁと思っても、結婚するには、いろいろな条件がそろわないといけないわけで、それ は、なかなかハードル高くないか? こういうことを思ってしまうのは、私がモテナイさん人生をずっと歩んできて、ネガティヴな考え方をするせいなのか?

 今、問題だといわれていることのいくつかは、人とのつながりが欠けているせいで、なおさら深刻化していると思う。援助が必要な人ほど情報も持って いないし、支援も受けれない。人間って弱いから、孤立しちゃうと精神的に追い詰められるし、社会性がなくなっていく。たぶん、子どもを虐待をする親もモン スターペアレンツも大概何か問題を抱えていて、うまく近隣社会と繋がっていない。精神論であれこれいうのは簡単だけど、孤立させない仕組みを作る方が遠回 りだけど解決につながると思う。

 その孤立させない仕組みの一つとして、何かが欠けていると思っている人同士が、助け合う場をもっと提供して行ってもいいんじゃないかと思っている。日本ではあまり普及していないのだけれど、ルームシェア、コハウジングの ような取り組み。日本のコハウジングは高齢者住宅の流れで取り組まれているんだけど、もっと若い人も他者と繋がりたいという欲求が高いんじゃないかと思っ ている。海外のコハウジングの事例をみると、高齢者、シングルマザー、独身の男性、いろんな世代、いろんな背景を持つ人が一緒に協力し合いながら住んでい た。同じような観点で、ギークハウスとかファミリーサポートと かの取り組みは、すごく面白いと思う。ギークハウスは、ウェブ系のエンジニアとかクリエイターなどがルームシェアする取り組み。ファミリーサポートは昔で いうところのご近所さんの助け合いを制度化して人と人の助け合いをつなげる仕組みで、あちこちの社会福祉協議会で行われている。

 こういう仕組みが従来型のご近所さんとかと何が違うのかっていうと、基本的にはそれほど違わないと思う。きっと良いことも多いだろうけれど、プラ イベートな部分が知られたり、面倒くさいことがあったり、嫌なこともあるだろう。ただ、従来型のご近所づきあいって、入口の敷居が高いような気がするんよ ね。不文律の部分が多すぎて。不文律でやっていけるのは、メンバーの入れ替えがないコミュニティだけ。私のようにKYな人間には、その不文律がよく見えな くて、入っていくのがすごく怖い。そして、不文律が見えなくて、追い出されるんじゃないかという不安を抱えてしまう。今の都市部のようにメンバーがどんど ん入れ替わる中では、ある程度ルールを見える形にしていかないとコミュニティを維持するのは難しいと感じている。って、書きながらも、これは過疎部も同じ かもしれないと思った。過疎部は、どんどんメンバーが減っていくので、ルールが明確じゃないと、誰かのところに負担が過度にたまりがちになる。それに、し がらみが強いから、困った状況になっていても、言い出しづらい面があるように感じる。

 「家族が大事」と言っている保守的な人たちと、私が考えていることって似ている部分がある。彼らも、人間は支えあわないといけないって言ってい る。でも、旧来のやり方で、人と人をつなげるのは難しくなっているのよ。保守的な人にはそれが見えていない気がする。旧来のやり方は、空気がよめて、自己 の抑制ができる、よくできた人間じゃないと、うまく立ち回れないルールになっている。空気よめ!気い使え!って強要されたって、できへんものはできへんね ん*。今の時代では、できが悪い不完全な人間でも、何とか楽しく生活していくような仕組みを作っていくことが大事だと思う。子どもを虐待する親が悪 いとか、モンスターペアレンツの考え方がおかしいとか、働きに出る母親の自己顕示欲が悪いとか、離婚する人は協調性が足りないとか、最近の若者の自制心が ないとか、そういうのを責めても何の解決にもならない。

 ええと。私は、他人との距離感がわからないとか、世間話が苦手、空気よめへん、自信がなくてキョドっているとかで、コミュニケーション力がとても 低いのだけど、他の人とのつながりをすごく求めていて、他人と他人をつなぐ事柄にとても興味がある。博士論文のテーマも、そういう他人と他人をつなぐ事柄 に関するもの(って、今、これを書きながら気づいたよ。一応、交通計画が専門なので、バスに関する論文ですが)。博士論文が終わったら、少し時間ができる はずなので、そういうことにきちんと取り組んでいくことにしよう。ファミサポもずっと躊躇していたけれど、入会しよう。名前だけ登録しているNPOとかに ももっとちゃんと参加しよう。

(「何かが欠けている不完全な自分が他者とつながるには」というお題で、あと2回ぐらい書きたいことがあります)

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*もちろん、他人への気遣いをしなくてよいとか言っているわけではなくて。気を使おうとする努力自体は大事だと思うんだけど、気付けないこと を責められても、治すのは難しいと思ってしまうんだ。(オットを含め、周りの人、ごめんなさい。それに、よくわからないから、とりあえず謝ってしまう自分 がいやだ。)

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