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2009年12月27日 (日)

何かが欠けている不完全な自分が他者とつながるには 3/4 ―仕事をする意味とか―

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 私の職歴には、1年間穴があいている。

 結婚直後、仕事もせず、大学にも行っていなくて、1年ほど家で過ごしていた。

 それまでコンサルタントで3年間ひたすら働いていたので、最初の1,2か月は、お休みというだけで楽しくて、掃除を丹念にやったり、手の込んだ料理を作ったりして、のんびり過ごしていた。でも、その楽しい期間が過ぎたら、終わらない夏休みが始まってしまって、何をしたらよいのか分からなくなってしまった。その時は、自分が社会のどことも繋がっていない感じがして、ただただ辛かった。このまま私は社会に必要とされないまま、死んでいくんじゃないかって。将来のことを悲観して、新婚だったのに、よく泣いていた。オットがおいしいご飯を作ってくれて、泣いたりしていた。オットは何でもできるのに、私は仕事もしてないし、おいしいご飯も作れない無力な人間なんだって(今だったら、もっと作って!って言えるのに)。本当にやばす。超うっとうしかった。

 ある友人は、私に国Ⅰとか地方公務員の試験を受けたら、と勧めてくれたのだけど、公務員になる気がなかったので、勉強しなかった。時間をもてあまして、「色彩検定」をとりあえずとってみたけれど、何の役にも立っていない。当たり前だ。目的がないままに資格をとっても何の役にも立たせることはできない(せめて、技術士か英語を勉強しておけばよかったのに、と思わないでもない)。

 近所に知り合いもいなかった。大学の友達は同じ関西に住んでいたけれど、みんな忙しそうにしているし、自分は新婚で幸せなはずだから不安を抱えていることについて相談するのは嫌だった。新興宗教に勧誘されかけたのもこの時期で、入会金まで払ったけれど、オットに止められて、そのあとは居留守を使って二度といかなかった。宗教の人達ってすごく親切なんよ。親身に相談にのってくれるし。宗教に入っちゃうのって、信仰心じゃなくて人付き合いの方が大きいんだろうね。

 孤独になるのん、結婚前からわかっていたやん、と言われればそれまでなんだけど。結婚前みたいに身を削るように働くのももうやりたくなくて、もっと違う働き方をしたかった。でも、違う働き方といっても、再就職の仕方もわからなかった(憧れのカフェの面接で落ちたりしたしな!)。

 「めぐりあう時間たち」 という映画を見た時、ジュリアン・ムーアが演じるローラの気持ちが痛いほどわかって、本当につらかった。あの真綿でくるまれるような窒息感というか、周りのみんなからは幸せだと思われているのに、自分の意志で動きだせない不安感とか。オットに、「何にもできない大人しい子だから守ってあげなきゃ」と思われている感じとか。ローラは熱心にヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」を読んでいたのだけれど、私もこの時期、上野千鶴子とかを読んでいた。

 結局、大学に残っていた友達と先生に泣きついて、職を紹介してもらって、いくつか職を転々として(私の履歴書の職歴はスペースが足りなくなるぐらいぐちゃぐちゃ)、今に至っているわけだけど、あの時期の疎外感・窒息感を思い出すと本当に本当につらい。って、それに比べると、D論の苦しみなんて大したことないはずなんだけどなぁ。いちいち小さいことで、精神的にやられすぎだ、私は。

 すごくお世話になっている先生の中に、専業主婦をやたらと勧める方がいる。私はその先生のことを尊敬しているのだが、この点に関しては、学部生の頃からずっと言い合いしている(議論になっていない。新歓コンパで泣かされたりとか。それでも、私はその先生のことが好きとかいうのはどうでもいい話)。その先生には、「節約すれば旦那の給料で暮らせるだろ?」とよく言われるのだけど、外で働きたい理由として上記のようなことを言ったって、専業主婦が果たす役割がいかに大事かを語られるだけで、分かってくれるはずがない。かといって、「オットの給料が安いんです」というのはオットを貶めている感じがして嫌だ。最近は、わかりあえないことが分かってきて、面倒臭くなったので「お金が好きなんです!お金!」と下品にいうことにしている。

 ええと。恵まれている者の悩みって言われれば、そうですよ。でも、私みたいなコミュニケーション力が低い人間は、専業主婦では幸せになれないんですよ。私みたいな能力の低い人間が働こうとすることは、世の中にとって迷惑かもしれないけど、働かないと鬱病になってしまって、なおさら社会に迷惑をかける気がしている。

(あともう1回、続きます)

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写真:自分の結婚式の2次会で、振り袖姿でアコーディオンを演奏している私。今と全然違う(主に顔の輪郭が!)。顔も違うし、元気さとか、行動力とか、あの頃の自分は今と違う人みたい。結婚したら幸せになれると思っていた夢見がちな頃。

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