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2009年12月30日 (水)

母親をひいて見る

 母親に直接言ったことはないが、私は秘かに母のことを自慢に思っている。彼女の人生は、本当に山あり谷ありの波乱万丈な人生だった。いろんな不幸な出来事が起きても、持ち前のバイタリティで乗り越えて、何とか元気でやっている。私だったらできへん、あんなこと。今思い返すと母は苦労したと思うのだけど、私はあまり苦労した覚えがない。それだけ、母は苦労したということなんだと思う。

 それに、彼女は40歳を過ぎてから外で働きだしたにも関わらず、かなり難しい資格試験をほとんど一発で合格し、今も現役で、職場の人たちに頼りにされているときく。今、就職で足踏みをしている娘からすると、母は偉いなぁと素直に思うわけである。

 ああ、それなのに、それなのに。最近、母親と話していると、「え?」と驚くようなことを言うことがある。

 先日、ある人はO型なのだが、他の家族は全員A型だったので、子どもの頃、兄弟から「一人だけ違うから川から拾ってきた子だ」と、からかわれたという話をした。子どもって科学知識がないから、わけもわからずにそんなことをいうのよね、と言っていたら、

 「その人は両親ともA型だから、AよりのO型の性格に違いない」なんてのたまう。

 違いますよ、おかあさん、メンデルの法則って言うのがありましてね。A0型とAO型の両親からは4分の1の確率で、O型が産まれるんですよ。メンデルの法則、高校で習いませんでしたか?それに、血液型と性格に相関はほとんどないんですよ。うちの母は、高校の頃、数学が得意だったと自慢するのだが、科学的なものの見方については、かなり危うい感じがする。

 それと、細街路を車で走るのがやたらと好き。それも私には不合理にみえる。彼女は軽自動車を乗り回しているせいというのもあるだろうけれど、「信号がないからこっちの方が早いのよ」なんて言って、すぐ細い道に入ろうとする。

 でもね、おかあさん、法定速度というのがありましてね、細い道は時速20kmぐらいしか出したらダメだったりするので、さほど早くないのですよ。それに速く走れたとしても、それは地域にとっては通過交通といわれて忌み嫌われる行為なのですよ。細い道を走る車は、そこの地域に関係する車だけにしておかないと、細い道の歩行者の安全性が危ぶまれるのですよ。なんていうことを、話しても全然通じないんだよな。

 他にも、話していて、母の話がどうも論理性にかける、とか、少し常識的ではないと感じることが多々ある。子どもの頃は、母親って万能なように感じていたけれど、大人になって少しひいてみると、母って少し変わった人だなぁと思ったりする。母は、細かいことにアレコレ言うのに、大きな決断に関しては「別にいいんじゃない。好きにしたら」という人なので、密に付き合わなければ、かまやしないんだけど。

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 上記のような話を1つ違いの姉にしていたら、「あなたはお母さんの性格にそっくりではないか」とのたまう。えー!私、あんな、変わった人じゃないよ!と思ったのだが、姉がいうには、「自分のことを優秀だと思ってそうなところとか。あと、外面がいいところ。周りに頼りにされると必要以上にはりきっちゃったりするし。自分の意見を変えようとしないで、他人を論理でたたみかけようとするところとかも」 へー。姉から私はそう見えているんですね。私のセルフイメージと少し違うのですが。でも、そういえば、姉妹の中でも、私が母と一番折り合いが悪かった。自分ではよく分からないが、母と私は似ているからこそ、折り合いが悪かったのかもしれない。

 母と娘との確執ってほどのことではないけれど。ここらへん、うちの娘も大きくなったら、私に対していろいろと思うことがあるんだろうなぁ。

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 ええと。今まで、うちのblogはほとんど知り合いしか来ていなかった過疎blogなのですが、昨日、はてなブックマークのhot entryに入ってから一気に百人単位で人が来ていて、少し恐ろしく思っています(年末なので、少数のブクマでhot entry入りするおそろしさ)。多分、一日だけのことだと思うのですが。すみません。ここは、有益な情報がほとんどない、私の個人的な日記を垂れ流している場です。申し訳ない。もし、気に入られたら、他の記事も読んでください。私が一番気に入っている記事は、京都の茶室住宅に住んでいた頃の話です。よろしかったらぜひ。

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