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2010年2月

2010年2月21日 (日)

風景の切り売り

 土木と風景について、いろいろと考えたいのだけど、少しむずいので、とりあえず、今思っていることをポツポツと。

 風景は美しさと関係する部分。美しさというのは主観に左右される部分が多いように感じる。安易に、善し悪し/諦念を文章として出してはいけない分野のような気がして、少し怖い。また、景観とかランドスケープに関する勉強をもっとちゃんとして、いろいろと考えていきたい。

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 風景を切り売りするのに、私達はあまりにも無頓着すぎる気がする。新しく町中に何かが作られて、空がどんどん狭くなる、遠くの山が見えなくなる、川の流れが見えなくなる。そして、四季の移ろいを感じるのが難しくなる。徐々に徐々に、風景が切り取られて、市場に売られていく。その切り売りは、日常茶飯事で行われている。

 風景は、建築家のものでも、一民間企業のものでも、行政のものでもない。現世代の私達だけじゃなくて、過去、未来をつなぐもののはず。風景の切り売りに対して、市場経済とは別のところで、考えないといけないんだと思う。

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 広告でラッピングされたバスや鉄道車両。中途半端にいろんな広告がベタベタつくよりも、一つの企業が車両全体をラッピングした方がまだましだと思うし、企業広告そのものは美しくデザインされているため、景観としてそれほど悪いものでもないのかもしれない。それに、広告がつくと、公共交通の収益が向上し、運賃の値下げ(あるいは据え置き)に寄与する。

 でも、それで本当に、いいのか? 企業広告が、都市の中を走りまわるのを許容していいのか。それは本当に"公共"交通といえるの?今の公共交通の多くは、安っぽい雰囲気がする。広告が全面に貼られた車両で、快適さを感じることなんかできるか? 安ければいいってものでもないでしょ。

 いや、でもなぁ。人はラッピングバスに愛着を持つこともできるだろうし、そういうごちゃごちゃ感が日本の風景として正しいのかもしれない。という感じで、いっこうに考えがまとまらない。

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 田舎の風景が好き。夜に星がきれいに見える。春には桜並木、菜の花畑、そよそよと泳ぐめだか。6月には蛍が舞う小川、紫陽花の群生。夏には向日葵畑、風になびく棚田の稲穂。秋にはすすき、曼珠沙華、月夜。冬には霜柱、柿や柚の色づき。そういう普通の景色が、都会に住む人間にとっては稀有なことで、守っていきたいと思う。美しい風景が残っていてくれてありがとうと思う。でも、そういうのは都会に住む人間の傲慢のような気もする。

 美しい過疎部の風景の中に、割って入る高速道路の高架。高速道路ができて、みんな便利になったという。都会にでた子どもたちが帰ってきやすくなって、嬉しいという。高速道路が風景を邪魔しているというのは、都会の人間の奢りなのか?

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 土木と建築の大きな違い。建築では、美しさを重視する。部外者から見ると、美しさのために機能を犠牲にしていることさえあるように感じる。でも、土木にとって、美しさというのは、機能を現わしているものである。機能を重視するあまりに、無骨なデザインになるのは仕方がないことだという考え方が主流のように思う。あるいは、デザインというのは、上にペタペタと付けるお化粧程度にしか考えていない。大学の土木工学科(少なくとも私の出身大学)には、デザインに関する授業がなかった。にも関わらず、土木構造物は、風景の中で大きな割合を占めている。

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 ヤバ景という考え方、すごい面白いと思う。ジャンクションの曲線とか工場の絡み合う配管とか、丸いタンクとかに、ぐっとくる感じ、わかる。すげー、ブレードランナーみたいじゃん、とか思っちゃう。スチームパンクな感じとか。でも、でも。こういうのを面白いなぁという思いと、自分が好きな他の景観に対する思いとがうまく繋がっていかない。

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 良い本をご存知の方、教えていただけると助かります。とりあえず、土木学会論文集の景観関連を読みふけろうかな、と思っています。あと、下記の本を読もうとしています。

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2010年2月19日 (金)

見える/見えないの多様性

電車の中に、白い杖をついた視覚障害者が乗り込んできた。そして、席に着くと、鞄の中から本を取り出し、本を読み出した。周りの人間はいぶかしげに彼を見ている。

 さてはて。上記の話、何が言いたいのかというと。 

 視覚障害者は全盲だと思い込んでいる人がいる。そういう人たちは、視覚障害者は、本を読むことができないと思い込んでいる。だから、読書をする視覚障害者をいぶかしげに見るのだ。

 視覚障害と一言でいっても、見え方は本当に多様。百人の視覚障害者がおられれば、百通りの見え方がある。視覚障害で障害者手帳をもっている人の中でも全盲の方はわずかだ。弱視とかロービジョンって呼ばれている方の方が圧倒的に多い。視力があっても視野狭窄や中心暗転があると、本は読めても歩行に困難を生じたりする。それに、全盲の方でも、目の前で指を動かせば動きがぼんやりと見える方から、光だけ感じる方、光が見えない方まで、いろんな方がおられる。

 視覚障害者の方は、視覚に障害があるからといって、普通の生活がおくれないのかというと、そうでもない。一人で料理を作る方も多いし、読み上げソフトを使ってパソコンを使っている人も多い。慣れていない道は単独で歩行することに困難があるとしても、慣れた道であれば一人で何の問題もなく外出できる人も多い。視力障害センターといって、就業訓練や生活訓練をする施設もある。そのセンターの中では、視覚に障害があっても、通常の生活を送ることができるような技術を身につけることができる。ただ、センターは不便な地域に建っていることもあるし、それほど施設数も多くないので、入所・通所できる人は限られてしまうのだが。

 ただ、最近は、高齢になってから視覚に障害を生じる人が増えている。40歳を過ぎると、ほとんどの人の視力は衰えていくのだが、糖尿病による失明・網膜症、白内障、加齢黄斑変性等網膜疾患などの罹患率が高くなる。高齢になると、障害にあった技術を習得することが難しくなる。高齢化も、視覚障害者の多様性を増している原因の一つだと思う。

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 バリアフリーの話をしていると、「視覚障害者には見えていないのだから、誘導用ブロックをあんなに派手な黄色を使う必要はないのではないか?」という疑問を投げかけられる時がある。実際は、あの誘導ブロックは足や白杖で触れて感じるだけでなく、ロービジョン者の多くが目で見て判断していたりするわけだ。そんなわけで、アスファルトの黒とのコントラストではっきりと見える黄色を使うことが多い。他の場合でも、色のコントラストをはっきりとさせることが、ロービジョン者の情報取得に大いに役立つ。

 また、点字は、指の先で読み取るという大変難しい技術であるので、高齢者ならずとも中途障害者の多くは、習得することが困難だと聞いた。数字等、簡単なものだけ覚えている人も多いと聞く。点字を用意することは重要だけど、点字になってさえすれば、視覚障害者が全員読めるというわけではない。ロービジョン者でも、コントラストのはっきりとした濃いゴシック体であれば読める人もいる。

(視覚に障害がある方に対するバリアフリー対策については、また、別途書きます。ていうか、バリアフリー対策は私の専門の一つなんで、個別に書きたい/書かなきゃ)

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 視覚障害者をまちで見かけても、困っている様子がなければ、話しかける必要は全くない。当たり前だ。

 今となっては恥ずかしい話なのだが、私は、ガイドヘルパーを始めたばかりの時、駅で白杖を持っている人をみかけて、親切のつもりで、電車の中まで誘導したことがある。いいことをしたというつもりで、私はきっと自信満々の顔をしていたことだろう。その方はすごくやさしい方だったので、私に付き合ってくれて、最後に「ありがとう」と言ってくれた(思い出すたびに顔から火が出そう。申し訳ない。自己満足にもほどがある)。

 自分の身を振り返ってもわかるが、見知らぬ人間にやたらと話しかけられるのは、迷惑なことだ。ある視覚障害者の方は「ぶらぶらと散歩したいのに『どこにいくんですか?案内しましょうか?』と、すぐ話しかけられるので、いつも困る」と言っていた。視覚障害者だけでなく、車いすユーザも、知らない人間にすぐ話しかけられる、という話を聞く。しかも、勝手に白杖を持とうとしたりとか、車いすを押そうとしたりする人もいるらしい(これ、本当にめちゃめちゃ怖いと思う。急に足をとられるようなもんだよ)。そういうことが日常茶飯事にあると、本当に怖いし、面倒くさいことだろうなと思う。相手が善意でやっているから、断りにくいだろうし。

 ただ、困っている場合には、適切に助けるべきだ。人間が歩いている中で、情報の8割は視覚から得るらしい。そのため、視覚障害者の方が普段と違う状況に陥った時に、情報をうまく取得できないことがある。例えば、工事などによって通常の道が通行止めになっている時など。それと、駅のホーム。視覚障害者の方の多くが、ホームから転落した/しそうになった経験があるとか。混雑時には、少し注意が必要だと思う。

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 一応、私は、視覚障害者の歩行環境について査読付き論文を1本書いている。それと、短い期間ではあるが、視覚障害者の方のガイドヘルパーをボランティアでやっていた。実験の被験者になっていただいた方まで含めると、今までに視覚障害者の方には100人近くの方にお会いしているし、一般の人よりは、視覚障害者の歩行環境について詳しいと思う。おこがましいかもしれないが、専門家として、代弁者として(アドヴォカシーとして)、こういう話を多くの人にわかりやすく伝えていきたいという想いがある。専門バカになることなく、奢ることなく、謙虚な気持ちを持ちながらも、自分が話すことができる内容をちゃんと組み立てて行こう。「私なんかが」という自己卑下は、どこにも繋がっていかない。また、時間をみつけて、この手の話を、少しずつ記事として書きたい。

 一番の問題は、人に読んでもらえるような面白い文章が書けないということ。でも、それは今の私の能力の限界なので、書きながら試行錯誤するしかないかな。※今回の内容は、私が知っている範囲で確認しながら書いています。間違っている箇所がありましたら、ご指摘ください。

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2010年2月13日 (土)

私は理不尽な姉だったらしい

 1つ上に姉、6つ下に妹がいる。1つ上の姉とは、子どもの頃にいろんな経験を共有した覚えがあるのだが、6つ下の妹とはあまり一緒に何かをした覚えがない。そのせいか、お互いにちょっと距離を感じている部分がある。

 私は、妹に、「お姉ちゃん」ではなくて「○○ちゃん」と名前で呼ばれている。妹にとってお姉ちゃんとは、私の一つ上の姉をさすのであって私ではない。姉は妹二人の世話をよく見ていたが、私は妹の世話をあんまりした記憶がない。妹によると、子どもの頃は、圧倒的な知力・体力の差で、妹に理不尽の限りをつくしていたらしい。でも、大人になってから、私は妹にいじめられてばかりいる。妹の方が口がたつから。一緒に話している時に、私が不用意なことをいうと、「もう!○○ちゃんのおばか!」って、すぐ言われてしまう。

 少し前に、久しぶりに妹に会った際、次のような話を聞かされた。 

 小学生だった妹がバレンタインデーのためにクッキーをせっせと焼いていたらしい。そこへ、大学受験を控えた高校生の姉(私!)がやってきて、彼氏にあげるのにちょうどいいと言って、勝手にクッキーをもっていったとか。しかも、帰ってきたら「釘が打てるほど堅かった」と文句をいったらしい。ひどす。

 聞かされるまで私はすっかり忘れていたし、聞かされてもまったく思い出せなくて、他人事のように笑ってしまった。これ、妹に対してもひどいけど、当時の彼氏に対してもかなりひどいよなぁ。生まれて初めてできた彼氏のはずだったのに、何を考えてたんだろう?しかも、何と言って渡したんだろう?自分のことながら、不思議だ。

 過去の自分のひどい話を聞くと、なんか他人事のように感じるんよな。何で覚えていないんだろう? そういえば、一緒にいることが多かった姉のことでさえも、思い出せないことがある。過去の私は、人に対する思いやりというものが根本的に欠けていたように感じる。妹ちゃんとの思い出が少ないのは、そのせいかもしれない。やばし。

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 妹は、小さい頃は、繊細な印象の美少女だった。私は、子どもの頃、妹の顔を羨んでいた。でも、成長するにつれて、なぜか少女の頃の繊細な印象はなくなり、大味な感じの顔になった。不思議だ。彼女は顔のパーツのすべてが大きい。瞳も、鼻も、口も、額も、眉毛も、顔の輪郭もすべてが大きい。しかも濃ゆい(中学生の頃、妹が「あだながモアイになった」と悲しんでいたw。それを聞いて爆笑する姉(私)とかひどすぎる)。私も顔は濃ゆい方だけど、妹の方が濃くって、スッピンなのにアイメークばっちりしているように見えるぐらい濃ゆい。性格も、顔に合わせて、大味で、元気。よう喋るし。あ、昔の方がよかったというわけではなくて、今の方が愛嬌があって、かわいらしいと思うよ。

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 先日、たまたま妹のWebページを見つけた。そこで、妹は小説を発表していた。彼女が小説を書いていたのは知っていたが*、今も書き続けているのは知らなかった。しかも、同人誌を作って、販売している! そこそこアクセス数も稼いでいるようだった(私のblogの10倍ぐらいアクセス数がある)。もう!お姉ちゃんに言ってくれたらいいのに。水くさいなぁ。

 同人誌を購入してあげたいのだけどなぁ。でも、妹からすると、私は信用のおけない理不尽な姉なので、すごい嫌がりそう。だから、ブックマークに妹のwebページを登録して、時折、そうっと妹の紡ぐ文章をにやにやしながら眺めている。かわいいなぁって。

 妹の文章は、私のものとよく似ている。もし、私が小説を書くとするならば、似たような感じになるかもなぁ。書かへんけど。なんかたくさん書いていて、それだけでえらいなぁと思う。短編は面白いかなと思いながら読んでるんだけど、正直なことをいうと、長編はちょっと私と趣味が合わない(ごめんねごめんねー)。

 いろいろ書いたけど、お姉ちゃんは妹ちゃんのことを応援してますよ!私は妹ちゃんLOVEで、かわゆすって思ってますよ。本当はリンクを貼って妹ちゃんのページを宣伝をしたいのだけど、そういうことをすると、本気でうざがられて、口をきいてくれなくなりそうな気がするので、やめておきます。

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*妹は、高校生の頃、小説で小さな賞をもらって、母親を喜ばせていた。わー、うちの家から芸術方面の才能がある子が出たって。あ、そういえば、姉も小学生の頃に詩で新聞に載ってたなぁ。私にはそういう何かを創作するという才能がなかったので、母的にはつまらなかったみたいだ。母は、地に足のついた実用的なものの考え方をする人なのに、というか、そのせいか、創造的なものに対するあこがれが強いみたい。そういうところ、私もよく似ている。

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2010年2月 6日 (土)

自分の分身がほしかった

(お断り)今回の記事は、ちょっとキモイかも?と思っている。30をゆうに超えているのに、乙女とか恋愛について書いちゃっている自分がキモイよ。それでも、インターネットの世界は広いので、ひょっとしたら気持ちを共有できる人もいるかもしれないし、せっかく書いてしまったのでupするよ。内容は、私が"乙女のカリスマ"嶽本野ばらさんの小説を愛してやまなかった理由について。

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 一時期、嶽本野ばらさんのファンだった。「ミシン」が出てから「下妻物語」が映画化された頃まで。

04  サイン会には2回行ったのだが、すごく面白かった。サインを書いてもらった本を見返したら、1回目は「カフェー小品集」の発売の際で、サインには「lolita de cafe」と書いてある。2回目は「エミリー」の際で、「Born in the lolita」って書いてある。左←はサインの一部。自分の名前を切り抜いてスキャニングしたのだけど、1回目と2回目で、私、名字変わってるぞ。結婚してからも行ってたらしい。

 野ばらさんのファンは、ロリータさんばかりなのだけど、ロリータさんにもいろいろいて、彼女たちを見ているだけで楽しかった。白やらピンクのパステルカラーの姫ロリさんやら黒一色で固めたゴスロリさんやら。年齢もバラバラ。10代から30代まで幅広かった。私は、ギンガムチェックでパフスリーブのブラウスとコムデギャルソンの黒のフレアスカートという私なりの精一杯フリフリな格好で行ったのに、すごい普通すぎて、逆に浮いていた。フリル度合いが足りなかった。やっぱり、emily temple cuteとかbaby, the stars shine brightで、全身キメていくべきだった。ウソ。だいいち似合わないし、そんな服を買っても他に着ていく場所がなくて困る。

03_2 野ばらさんは、サービス精神がめちゃめちゃ旺盛な人だった。野ばらさんは、トッカータとフーガの派手な前奏と共に、何やらポーズを決めながら登場した。雑誌や本の奥付などで見たまんまの黒づくめの服装で、華奢で、髪の毛はウェットで、王子様みたいだった(笑。ま、当時はそう見えたのですよ)。野ばらさんの隣りで、本屋さんが笑いをこらえていた。本にサインを書いてくれたあと、握手もしてくれて、写真も一緒に撮ってくれた(キャー)。写真を撮ってくれるときに、野ばらさんはお澄ましポーズをしていて、すごくすごくかわいらしかった。写真を見ると、並んで立っている私、今よりも全然痩せていたはずなのに、えらいごつく見えるわ(←の写真は10年前ぐらいなので、今とほとんど顔が別人っす)。

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 さてさて。嶽本野ばらさんの何に魅かれていたかというと、ロリータなところとかナルシストところだけじゃない。私は、野ばらさんの価値観に強く心惹かれていた。乙女というのは孤独で孤高な存在であるということ、そして、野ばらさんの書く小説の主題(私が勝手にそう思っているんですけどね)の

 ”孤独な魂が、自分の分身とどのように関係を結ぶのか”

というのに強く、心が惹きつけられた。

 自分の分身を見つけてしまうというのは、一見幸せなことのように思うが、そうでもないっぽい。野ばらさんの小説の中で、分身との恋物語は、大抵不幸な結末を迎えている。自分の分身のような存在と関係を結ぶということは、とても居心地のよいことだし、孤独感を分かちあうことになる。お互いに多くの言葉を費やさなくても理解し合えるし、自分たちの外の世界と接しなくても過ごせるように思ってしまう。でも、そんな関係は間違いなく閉塞する。自分の分身だと思っても、結局のところは他人なので、自分と違うところの方が多いはずだし。それに、ずっと一緒にいることもできない。いずれは、別々の世界を持って、自分と価値観が異なる人々と接点を持たないといけない。それなのに、1回分かりあえる分身と関係を結んだがために、分身との繋がりが少しでもきれてしまうと、孤独感が増大してしまう。その孤独感は、分身を見つける前より深くなる。

 野ばらさんの本は、どれも大好きなんだけど、「エミリー」が一番好きかな。孤独な二人が強く結びついてしまうのだが、強く結びついた時点で主人公はこの関係が長続きしないのを感じ取っている。そこで、寂しい寂しいと泣くのではなくて、この先、大人になって、自分を理解してくれない世界に打ちのめされたとしても、この二人の関係に戻ってくればいい、と強く宣言する。二人の関係が全くの無駄だったかというとそうではなくて、この先、大人になって、生きていく上で必要だという(引用しようかと思い、読み返したら思っていた以上に赤面するような内容だったので、ちょっと引用できない。というか引用できないような本を好きと言っちゃう自分は、やばいっすね)。

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 私は、子どものころから、自分の分身を欲していた。子どもの頃は、自分には分身がいるんだと妄想しながら眠りについていた。たとえば、自分には双子の片割れがいるのだが、何かの理由で離れ離れになっていて、いつかどこかで偶然出会うかもしれない、といった感じの。自分の分身は、全く外見は異なっていたとしても、会った瞬間にお互いのことをわかりあえるんじゃないかとか。妄想の中の分身は異性ではなくて、同性であったんだけど。自分の分身がどこかにいるという妄想は、夜の不安から私を逃してくれた。多分、この妄想は、他者に自分の考えを伝えることが不得手だったことに由来している。自分を変えて自分のことを分かってもらうようになりたい、というんじゃなくて、自分を変えたくなくて、そのままの自分というのを分かってくれる人がほしいというのが、とても子どもっぽい(大学生の頃、当時の彼氏にこの話をしたら、どん引きされた。すげーきもいって。妄想癖って、人によっては気持ち悪いことみたい。赤毛のアンとかを読んでいたせいか、妄想癖があるのが普通かと思っていた)。

 私は、友人に嶽本野ばらさんの本にはまっていたのを伝えたことはほとんどない。それは耽美的な本が好きな自分を知られるのが嫌だという以上に、孤独なヒロインに自分に共感している自分を知られるのが嫌だった。だって、私、別に孤独じゃなかったんよね。たくさんではないものの信頼のおける友人が何人かいたし、恋人(今のオット)も家族もいたし。多分、自分に不相応なほど、私はみんなに愛されていたと思うよ。それなのに、自分のことを孤独だと思っていたなんて、悲劇のヒロインを気取るにもほどがある。

 野ばらさんの小説を読み始めた時期は、大学卒業して、友人もいない金沢で一人暮らしを始めた時期で、自立して独りで生きていけるようにしなきゃと意気込んでいた。強い人間にならなあかんと思ってた。でも、元々が内向的な性質なので、その反動で、野ばらさんの小説に癒しを求めていたんだろうと思う。野ばらさんの小説を読む度に、私は、子どもの頃に夢見ていた分身との遭遇というのをシミュレーションできた。外へと出て行くのを恐れている小さな自分に戻れるような気がして、居心地がよかった。

 野ばらさんの本に手を伸ばさなくなったのは、娘の妊娠がわかったあたり。あの頃、子どもができて、私はすごく混乱していた。自分だけでも持て余しているのに、自分が親になってしまうということが怖かった。特に意識したわけではないが、多分、自分の子どもっぽさと決別しようと思っていたのだろう。今もまだ親になりきれていない部分があるし、周りから見たら子どもよりも自分のことばかりしているように見えるかもしれない。でも、自分の中には"子ども>自分"という優先順位がはっきりとある。

 公聴会も終わったので、そろそろ小説を解禁しているのけれど、嶽本野ばらさんの小説は、ちょっと後回しにしようかと思っている。多分、以前みたいにのめりこむことができなくて、寂しく感じるから。せっかく大阪にいるので野ばらさんのサイン会も行きたいなぁと思いつつも(だって、以前は金沢から京都までわざわざ行ったのだよ!)、なかなか時間もとれないし、以前みたいに楽しく感じれないように思うので、行動にうつせない。 

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 私はあんまり文学に詳しくないので、あまり例が思いつかないのだが、多分、分身との恋愛はあちこちの小説にありそう。そして、多くの場合、それは悲恋になっていそう。思いついたところでは、"嵐ヶ丘"のヒースクリフとキャシーとか。"マノン・レスコー"もそうかな。川本真琴の初期の楽曲も、同じ主題を扱っている。"1/2"はタイトルからしてそうで「同じもの同じ感じかたしてるの」と恋愛対象を自分と同一視している。"微熱"では、「別々の物語を今日も生きてくの?」「からまったまんまでひとりぼっちだって教えるの?」と、自分と同一になれない相手との悲恋を予感している。

 ええと。大人になってしまった自分が考えるに、多分、自分と感性が似すぎている人間と恋愛しちゃうと、不幸になると思う。自分の分身さんとは、お友達関係でいる方が幸せなんだと思う(ほら、下妻物語の桃子といちごちゃんみたいに)。お友達であれば、始めから生活を共有しないことが前提だし、二人の関係よりもお互いが持っている世界の方が優先順位が圧倒的に高いから、”分かりあえてる”という思いは、それほどマイナスには働かない。恋愛とか夫婦関係においては、生活を共有することになるし、私だけが相手のことをわかってあげられるって思い込んじゃうと、二人の関係とお互いの世界の優先順位が入れ替わっちゃうこともありうる。そして、依存/共依存の関係に陥いりそう。下手にわかりあえていると勘違いすると、お互いのことをわかりあおうとする努力を疎かにしてしまうし。わかりあえない部分があるということを意識することで、適度に距離感をたもつことができて、お互いの趣味や時間を尊重することができる。特に、夫婦関係は細く長く続けないといけないので、距離感を保つことって大事な気がしている。

 私は、オットを自分の分身のようには感じていない。オットは私と違って、社交的で自分に強い自信を持っている。自尊心の強さは本当にうらやましい。私もかくありたい。私は、普段は元気にガサツに過ごしているのだけれど、何かあるとすぐ他人に依存しようとしてしまう。でも、オットは私が依存しようとすると突き放してくるので、私達の関係は依存/共依存の関係にはならない、多分。

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 嶽本野ばらさんの本をいくつか紹介。ちらりと読み返したら、思っていた以上に、エログロな描写が多くて、うーん、オススメするのはちょっと恥ずかしい感じがしないでもない。ええと、エログロな部分は、さらっと流して読むのがいいですよ。wikipediaには、「性描写の乱用、破滅的なストーリーが多いことがよく批判される」と書かれている。私も初めて読んだ際、乙女な小説だと思って安心して読んでいたら、面喰った。そういうのが嫌な人は読めない。それと、お洋服について、執拗な説明もあるので、そういう雑学を楽しめない人も読めない。

  • それいぬ-正しい乙女になるために:エッセイ集。嶽本野ばらさんは、森茉莉の孤高の乙女精神の正しい継承者だと思う。「乙女は気高く孤高なもの」、「ボロは着てても心はロリータ」「多分、僕は結局のところ、恋文しか書けないのだと思います」など引用したくなる名言多数。
  • ミシン:「世界の終わりという名の雑貨店」と「ミシン」の2本からなる短編集。基本は乙女小説なのだけど、結構エログロな描写があるので、注意が必要。これを読めるかどうかで、嶽本野ばらの世界に入れるかどうかが決まりそうな気がする(ちなみに、うちのオットは読んで爆笑してた。ひどいよー(ノД`)・゜・。)。
  • エミリー:上の文章で触れた本。これも性的な描写があるので、要注意。
  • カフェー小品集:あ、これは安心してオススメできる(笑)。小洒落たカフェじゃなくてカフェーに関する物語。だれか、いつか、この短編集の中のカフェーめぐりを一緒にしましょう。 

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2010年2月 5日 (金)

社会の多様性とか

(言い訳)社会の多様性とか私の研究課題について、真面目に書いたものの、ちょっと考えが浅すぎる。とりあえず、今の段階でうっすらと考えていることについて。ええと。もっとちゃんといろいろと勉強したりして、精進します。

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 環境アセスメントに、生物の多様性という評価指標がある。多様性が高いほうが、豊かな自然環境なんだそうな。多分、人間社会も多様性が高い方が豊かなんだと思う。いろんな背景を持つ人々が、共生できる社会。

 時代を象徴するものがなくなっている。文化的なものだけじゃなくて、人の生き方、規範が多様化されていく。時々、それを寂しく思うこともあるけれ ど、きっとそれはよい方向に向かっているんだと思う。みんなが信じる"平均的なもの"がどんどんなくなっている。その方が生きやすい人がたくさんいる。

 人の生き方、規範が多様化していく中で、時代は悪い方向に向かっていると思いたがる人がいる。でも、私はそうは思わない。みんな同じ価値観を持つ ように仕向けられていた時代の方が、変だったし、生きにくい人も多かったに違いない。既得権を持っている人には生きにくいかもしれないが、どんな価値観で も認められる方がよい社会だと思う。

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 それにも関わらず、土木計画が想定して来た人間は、平均的な人間ばかりだったように思う。

 需要予測は、土木計画学の中でも重要な分野の一つ。需要予測の研究はどんどん細かくされ、理論上は精度が上がっている。それなのに、過大(過少)予測になりがち。当たらない理由は、人の生活が多様化していること、土木事業は細かなニーズに合わせにくいこと。

 土木事業が”公共”事業じゃなくなってきている。道路を作る、鉄道を通す、橋を架ける、ダムを作るといったことは、少し前まで、最大多数の幸福を実現できた。今、土木事業が生活に与える貢献度は低くなっている。土木工学の研究者の中には、ライフスタイルの多様化に危機感を抱いている人もいる。 多様化した社会に、インフラをどうやって対応させるかというのを、私の研究課題にしたい。

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 多様化していく社会に対応するには、どうすればよいのか?

 答えは、簡単に見つかるものではない。でも、手がかりとして、もう1回公共性のあり方というのをみんなで話し合うのが大事じゃないかと思っている。ただ、影響を与える範囲が大きい課題について話し合うのは、少し困難なように思っている。情報を十分に把握することができない中で、公共性について議論するのは、難しい気がしている。よく知らないことに評価を下すのは無責任だ。それに、課題が大きすぎると、責任の所在が不明になりがちだ。

 ただ、ある地域の特定の範囲の活性化など、小さいことであれば、十分議論できると思う。小さい事業を対象とするのであれば、誰が負担するのか(お金だけでなく、労働力等まで)、誰が利益を得るのか、それでその小さい地域社会で困っていたことが解消されるのか、そういう細かいことまで、みんなで議論できると思う。まずは、小さいところから、一歩一歩進めていきたい。

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2010年2月 3日 (水)

こーちょーかい、しゅーりょー

 本日、公聴会、終わりました。修了させてもらえそうです。
 よかった。はー。
 ご心配、おかけしました。

 今日はとりあえず、これだけ。

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