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2010年2月 5日 (金)

社会の多様性とか

(言い訳)社会の多様性とか私の研究課題について、真面目に書いたものの、ちょっと考えが浅すぎる。とりあえず、今の段階でうっすらと考えていることについて。ええと。もっとちゃんといろいろと勉強したりして、精進します。

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 環境アセスメントに、生物の多様性という評価指標がある。多様性が高いほうが、豊かな自然環境なんだそうな。多分、人間社会も多様性が高い方が豊かなんだと思う。いろんな背景を持つ人々が、共生できる社会。

 時代を象徴するものがなくなっている。文化的なものだけじゃなくて、人の生き方、規範が多様化されていく。時々、それを寂しく思うこともあるけれ ど、きっとそれはよい方向に向かっているんだと思う。みんなが信じる"平均的なもの"がどんどんなくなっている。その方が生きやすい人がたくさんいる。

 人の生き方、規範が多様化していく中で、時代は悪い方向に向かっていると思いたがる人がいる。でも、私はそうは思わない。みんな同じ価値観を持つ ように仕向けられていた時代の方が、変だったし、生きにくい人も多かったに違いない。既得権を持っている人には生きにくいかもしれないが、どんな価値観で も認められる方がよい社会だと思う。

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 それにも関わらず、土木計画が想定して来た人間は、平均的な人間ばかりだったように思う。

 需要予測は、土木計画学の中でも重要な分野の一つ。需要予測の研究はどんどん細かくされ、理論上は精度が上がっている。それなのに、過大(過少)予測になりがち。当たらない理由は、人の生活が多様化していること、土木事業は細かなニーズに合わせにくいこと。

 土木事業が”公共”事業じゃなくなってきている。道路を作る、鉄道を通す、橋を架ける、ダムを作るといったことは、少し前まで、最大多数の幸福を実現できた。今、土木事業が生活に与える貢献度は低くなっている。土木工学の研究者の中には、ライフスタイルの多様化に危機感を抱いている人もいる。 多様化した社会に、インフラをどうやって対応させるかというのを、私の研究課題にしたい。

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 多様化していく社会に対応するには、どうすればよいのか?

 答えは、簡単に見つかるものではない。でも、手がかりとして、もう1回公共性のあり方というのをみんなで話し合うのが大事じゃないかと思っている。ただ、影響を与える範囲が大きい課題について話し合うのは、少し困難なように思っている。情報を十分に把握することができない中で、公共性について議論するのは、難しい気がしている。よく知らないことに評価を下すのは無責任だ。それに、課題が大きすぎると、責任の所在が不明になりがちだ。

 ただ、ある地域の特定の範囲の活性化など、小さいことであれば、十分議論できると思う。小さい事業を対象とするのであれば、誰が負担するのか(お金だけでなく、労働力等まで)、誰が利益を得るのか、それでその小さい地域社会で困っていたことが解消されるのか、そういう細かいことまで、みんなで議論できると思う。まずは、小さいところから、一歩一歩進めていきたい。

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