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2010年11月19日 (金)

今、お腹の中に金魚ちゃんがおります

 子どもの頃、かたつむりに雌雄がないと知って、母に伝えた。気持ち悪いねぇって。私の言葉に対して母は、「気持ち悪くないよ。素敵な人だったら、男女の区別なく好きになれていいじゃない」と答えた。

 でも、子どもが母にしたい話って、基本的に承認しか求めてない。男女の区別がないほうが幸せって言われた当時の私は、自分の足場がぐらつかされた気がして少し混乱した。うちの母は、時々、わざと韜晦して、子ども相手にも本気で返事をする人だった。

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 今、お腹の中に人がいる。

 産婦人科でエコーを見せてもらった際、やたらと手足を動かしているので「金魚ちゃん」と名付けた。産まれたら、人間の名前を贈る予定にしている。それまでは金魚ちゃん。水の中で、すくすくと育つ金魚ちゃん。

 金魚ちゃんは、まだ10cmの体長しかないのに、人間として必要な器官はだいたい備わっているらしい。今は、絶賛、細胞分裂中。

 金魚ちゃんは、私と一心同体のようで、そうでない。へその緒で繋がっているのに、私とは別個の命。私が風邪を引いても、金魚ちゃんはげーんき元気。たまに、自分と子どもの人格を同一視するお母さんがいると聞くが、その気持ちはよくわからないな。

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 かたつむりにみたいに雌雄の区別がないといいのになって、何度か思ったことがあります。
 
 妊娠、出産は、女性にしかできない(少なくとも、今のところは)。もし、雌雄の区別がないのであれば、前回は私が出産したから、次はあなたねって、交替で妊娠すればいい。妊婦/出産がすごく嫌だというわけでもなく、いや、嫌なのかな? よくわからない。もし、私のパートナーが妊婦/出産してくれて、私の子どもが産まれてくるとしたら、幸せなことのように思えたりします。

 んー。でも、お腹の中に人がいるという状態を味わえるというのも貴重なことのような気もします。今のところ、男の人は一生味わえないことですからね。貴重な体験を、じんわりじわじわと楽しめばよいのですよ、きっと。

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 あー、さてさて。なんかまとまりのない文章ですけれども(それぞれの文章を繋げる努力を放棄しています)、7年ぶりに妊婦になって思ったことなどです。無理しないように、できる範囲で、ぼちぼちと日々を過ごしております。私は時折かぜなどをひいておりますが、大きな不調もなく、金魚ちゃんともども元気です。

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