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2011年1月

2011年1月21日 (金)

愛も夢も口に出すものじゃない

 言葉は、常にそれが意味するものと相反するものを孕んでしまっている。

 「好きです」と口に出した途端、愛の消失が忍びよるのを感じる。「信じている」は、信じていなくて、信じたいからこそあえて言っていたりする。「お祈りします」も、口に出した途端、具体的にその人のために何もできないからこそ、せめてお祈りだけでもという気持ちの表れだったりする。

 言葉っていうのは危うい。言葉はいつも伝えたい相手に伝わらない。言葉として形になってしまったがために、すがりついたり、それを根拠にして誰かをなじったりしてしまう。そして、最終的にわかりあうのは、わかり合えないってことだけかもしれない。

 でも、わかり合えなかったということは帰結に過ぎないはず。わかり合いたいとかわかってほしいとか、そういう途中経過がないと、コミュニケーションをとろうとしている意味なんかないんじゃないかって思う。

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 中学生の頃、「筋肉少女帯」に耽溺していた。筋肉少女帯の歌詞は、基本的に愛も恋も嘘っぱちなんだという内容ばかりなのと、見世物小屋的ないかがわしい雰囲気とで、厨二病を患っていた私の心によく馴染んだ*。先日、ふと、youtubeで筋肉少女帯のPVを探して聴き直してしまったのだけど、大槻ケンヂっていう人は、すごく照れ屋だから逆説的な歌詞をわざと書いているんじゃないかって思ったりした。例えば、下記の歌詞なんかは、他者と寂しさをわかちあえる可能性を信じているから、書けるのかなぁと。愛も夢も信じていない人間は、こんなこと、言葉にできないだろう。

愛も夢も口に出すもんじゃないのにニャー
 結局あれだニャー
 みんな一人で生きるのも死ぬのもおっかなくて寂しいから
 せめて道ずれを求めてるだけなんだニャー(「暴いておやりよ ドルバッキー」より)

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 言葉に頼るのをやめたい。言葉以外で、きちんと態度で伝えたい。そんな気分なんです。

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* 大槻ケンヂさんの影響で、「あまねくすべて」とか「なすがまま」とかいう言葉の語感が大好き。

** 筋肉少女帯に耽溺しながら、Flipper's Guitarとかの小洒落た音楽が大好きな中学生だった。そして、筋肉少女帯は、存在を知っていることすら隠してた。高校生の頃、彼氏さん(しかも最初の彼氏さん)と初めてカラオケに行って、ありのままの自分を見せないといけないと意味のよくわからない気合いを入れてしまって、筋肉少女帯の「日本印度化計画」を歌った。これは、今となってはいい思い出のような気がしないでもないが、やっぱり黒歴史の一つなんだと思う。ドリカムとかをかわいく歌っとけばいいのに、馬鹿だなあ。

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2011年1月10日 (月)

冬に閉じ込められる

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 年末年始は、福井にある義実家および実家に帰省していた。雪がひどく降り積もって、世界は白くなっていた。

 雪に閉じ込められた家の中にいると、私はもうこの町では生きていくことができない気がしてきた。私は、この雪の寒さに対抗なんかしないで、寒さに打ちひしがれて、日がな一日、暖かい家の中にひきこもって暮らしてしまいたい。家の外に出て行けない。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。もう私は、故郷に帰れない><

 時折、遠くで、雪を連れてくる雷の音が聞こえてくる。大学で大阪に出てくるまで、雷は冬のもので、夏の季語になっているとは思いもしなかった。大阪育ちの娘にとって、雪はとても珍しいものなので、冬の雷も聞きなれない。雷の音を聞くたびにひどく怖がっていた。

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 幼稚園の頃、生まれて初めて霜柱を発見して、大事にハンカチに包んで持ち帰ったことがある。こんなに美しいのだから宝物にしよう、おかあさんに見せて自慢しようと思ったのだと思う。案の定溶けて、ハンカチが土混じりのびしょ濡れになって、とても悲しかった。母親にも怒られたような気がする。

 そもそも霜柱って、どういう条件でできるのかというと、

霜柱(しもばしら)とは、地中の温度が0℃以上かつ地表の温度が0℃以下のときに、地中の水分が毛細管現象(毛管現象)によって地表にしみ出し、柱状に凍結したものである。
地表と地中の温度差が必要なため、霜より短い期間しか起こらない。厳冬期にしか見られない現象で、冬の季語である。
固まった土では土が持ち上がりにくいため霜柱は起こりにくく、耕された畑の土などで起こりやすい。(Wikipediaより)

 娘は、多分、霜柱を見たことがない。それに、今住んでいるニュータウンでも、引っ越し先の奈良でも、霜柱を見かけるのはなかなか難しいことのよう。耕された土がなかなかないから。そう思うと、何だか残念な気がしてきた。私は、私と同じように、子どもの無知と論理をもってして、土混じりのびしょぬれのハンカチを泣きながら持ち帰ってくる娘を少し待ち望んでいたのだから。私ならその残念な気持ちを分かってあげれるのにっていう、つまらない思い込みなのだけど(ああ、なんか嫌な親だな。娘は私と違うってば!)。

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 雪は美しい。雪は私を閉じ込める。雪はおそろしい。雪は煩わしい。楽しい時もあったかもしれない。

 北陸にいた頃は、否が応でも付き合わないといけなかった雪。でも、関西に出てきてしまった私には、もう雪は非日常のもので、付き合わないでおこうと思えば付き合わないですむ。

 身近にあったものが遠く離れていく寂しさを感じつつも、その暴力性を目の当たりにするとやはり脅えてしまうものよなぁと、とりとめもなく思った年末年始だった。

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