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2011年2月11日 (金)

結婚前は、お母さんになってほしいとオットにお願いしていた

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幸福な家庭はすべてよく似よったものであるが、不幸な家庭はみなそれぞれに不幸である。「アンナ・カレーニナ」トルストイ 

 有名な、あまりにも有名な「アンナ・カレーニナ」の書き出し。「アンナ・カレーニナ」は、とても魅力的な女性がその身を破滅させるまでを書いた物語であるが、それと同時に、家族にまつわる物語である。この書き出しは、そのことを如実に語る印象に残る名文だと思う。

 偉大なるトルストイに異を唱えても仕方がないとは思うのだけど、結婚して9年目の小さき私は、次のようなことを思っている。

幸福な家庭なんてものはない。すべての家庭は、幸せでもあり不幸せでもある。多くの幸せは簡単に不幸せに繋がるし、多くの不幸せは幸せに繋がる可能性を持っている。(t80935) 

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 先日、大島弓子*の「ダイエット」という短編漫画を読んだ。機能不全家庭で育った福ちゃんという女の子が自己承認ができなくて、過食と拒食を繰り返す話。とても痛々しいエピソードばかりなのに、静かに淡々と描かれている。

 福ちゃんは、たくさん食べちゃう理由を次のように言っている。

食べるとそしゃく運動が脳の記憶中枢を刺激して昔のことをどんどんおもいだすのよね(中略)
いろんな昔のことを馬鈴薯ほりみたくゴロゴロ意識上に掘り起こすの
そしてそれらをまるで昨日の出来事のように新鮮な馬鈴薯にみがきあげてしまうわけよ
それで安心してあたしはまた馬鈴薯をひとつひとつていねいに箱につめて意識の奥深く埋めるわけ
くだらないといえばくだらないけど
それらの作業が完了するころには満腹になりあごも疲れて記憶中枢ももうろうとして
あとはニルバーナの世界よね
なにもかもから解放されて宇宙のチリとなってただようの
これが快感のシステム

 私は、福ちゃんみたいに極端な過食も拒食もしたことはないが、上記の過去の記憶を引っ張り出して埋めるという感覚はよくわかる。私も、違うやり方で、わけのわからんことをして逃避している。このわけのわからん行動、自分だけのことならばいいのだけれど、大概の場合、周りを巻き込んで迷惑をかけてしまう。

 「ダイエット」では、最後に擬似家族を得ることで、自己承認に向けた解決の可能性を示唆しているともいえるのだけど、すごく難しいと思った。

 私は、結婚前に、オットにお母さんになってほしいとお願いしていた(うぅっ、きもいすなあ)。だけど、現実には私がお母さんにならないといけなかった。結局のところ、自分のことは自分で認めないといけなかったりするわけよ。「大丈夫、大丈夫、私はお母さんだし、お母さんがここにいるから大丈夫だよー」って、自分にも、子どもにも、時にはオットにも言い聞かせないと、家族がまわっていかない。誰かにお母さんをお願いすることはもうできない。

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 私は、ずっと自分の家族が欲しかった。自分の子どもが欲しかった。

 オットと二人でも家族ではあるのだけれど、私達二人を繋ぐ子どもがいないと家族になれない気がしていた。子どもを持たない人生というのがうまく想像できなかった。私と強い繋がりを持つ人間が欲しかった。オットの血を残したいとかオットの家を継ぐ人とかそういうことは、ほとんど考えなかった(結果的に、オットの家族・親戚たちは私達の子どもの誕生をすごく喜んでくれた)。

 人と繋がりを持ち続けるというのは、ある程度の強制力がないと難しい気がしている。緩くて細い繋がりというのも大事なんだけど、ある程度人の自由を制限するような繋がりじゃないと持続できない。お互いに持ちつ持たれつという何か共有のものが必要なんだ。そして、そういう繋がりを求めると、家族というかたちが一番やりやすい気がする。喜びや悲しみ、怒り、楽しみ、恥じらい、損得といったいろんな感情を、血だとか生活だとか年月だとか制度とかに混ぜこぜにすることができるから。

 人の大きなストレス要因は「仕事と家族」というのを、何かで読んだ。でも、それ以上に、人を追い詰めるのも「仕事と家族の欠如」なんだと。将来的に子どもは離れていくものではあるけれど、子どもがいれば私は自分の家族を得られると思った。自分の能力に見合わない過大な望みであったかもしれないけれど。

 子どもを一人じゃなくて複数人欲しかったのも、おなじような理由。子どもには、私達以外にも強い結び付きを持つ人間がいた方がよいと思ったから。大人になるまでの長い時間、いろんな経験や思いを共有できる年の近い人間が身近にいることは、子ども達に大きな安らぎを与えてくれることだろうと思う。大人になった時、その共有した時間を大事に思うだろう。そして、私達夫婦が年老いてこの世からいなくなった時、姉妹(弟)がお互いのことを少しずつ思いやって人生をおくることができるとよいと思う。

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 娘が月齢の頃は充足感に溢れていた。でも、その一方で、時折、私はこの子にとって、「ご飯」かつ「精神安定装置」なんだなあと不思議な気持ちでいっぱいになった。あの頃ほど、自分が他の生命に関わっていると思ったことはない。オットが出張で2週間ほど家をあけていた時期があるのだが、私が突然死したらこの子は死んでしまうのだなあと、ぼんやり思って恐ろしくなったりしていた。娘が初めて離乳食のお粥を食べて、授乳せずに眠りに落ちた時、私はこの子にとってもう必需品じゃないんだと、少しだけ寂しく思った。

 娘はもう6歳になって独自の世界を持ち始め、病気の時以外は私をあまりソクバクしなくなってきた。でも、もうすぐ小さい人が新たに私のお腹の中から産まれて、私はまたソクバクされる生活に戻るだろう。

 ソクバクされるというのは激しく必要とされるということでもある。このソクバクがない人生も私は選べたはずだけど、あえて自分で選んだ。ソクバクは私に安心感を与えてもいる。この自分の選択を受け入れて、私は、私の家族のお母さん業を全うしよう。

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■大島弓子について。
 どうして、私は今まで大島弓子と全く関わらずに暮らしてこれたんだろう?この年になるまで、名前も知らなかったのだよ。「花の24年組」という言葉は知っていて、萩尾望都、竹宮惠子あたりは読んだこともあるのに。ちょっとずつ読み進めている。

■参考
 磯野 理香:大島弓子少女マンガ論「ダイエット」に描かれたアダルト・チルドレン、梅花児童文学 10, 135-149, 2002-07-30 [CiNii]
 Ryota Sakanaka:none; 大島弓子「ダイエット」について(vol.1, vol.2, vol.3, vol.4) ※ネタバレありなので、未読の方にはおすすめしません><

■写真:立春の空。立春らしい暖かい日だと思って、ふと空を見上げたら、きれいなペールブルーだった。こういうきれいな青を見ていると、十五に戻って心が吸い込まれてしまえばいいと思う。

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