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2011年7月 1日 (金)

平穏な日々のことなど

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 下の娘が産まれて1ヶ月半が経った。生まれた時は華奢に感じた赤ちゃんも、気がつくと全体的に丸くなってきた。時折、猫のような不思議な生物を育てているという気持ちにとらわれることもあったけれど、最近は話しかけたら反応する、眼を合わす、気になるものを目で追うなど人間らしくなってきた。徐々にこちらの世界の人になりつつある。

 少し前からぼちぼちと娘をあちこちに連れまわしている。こんなに小さな赤ちゃんを連れまわすなんてひどいと思いつつも。

 1ヶ月児を抱いて歩いていると、通りすがりの人が微笑みながらこちらの腕の中をのぞきこんでいく。1ヶ月児本人は、まだ幸せも不幸もない。あるのは、快/不快だけ。でも、一ヶ月児を見る人は、滅多に見ることができない物を見たかのように、吉兆に出会ったかのように、嬉しそう。月齢児は、周りを幸せにする何かを持っているらしい。

 私も、下の娘を見ているだけで、抱いているだけで幸せな気持ちになる。新しく来た子の顔を見てると、上の子の赤ちゃんの時のことも思い出して、幸福感が二倍になる。

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 6月23日にもんじゅ炉内落下の装置の引き抜きがあった。そのことを知ってから、万が一もんじゅが爆発したら、どうしたらよいのかと悶々と考えていた。私自身はもう充分生きたと思う。でも、子どもは、まだ産まれたばかりなんだ。もし親の行動が間違っていたせいで重篤な病気になったとしたら、悔やんでも悔やみきれない。親の勝手でこの世に生をうけたのに。

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