« 提出し忘れていた夏休みの日記3 ー三姉妹のおかあさん役をしていました | トップページ | 提出し忘れていた夏休みの日記5 ー無為に過ごした日々ー »

2011年9月10日 (土)

提出し忘れていた夏休みの日記4 ー娘一号のいない静かな夏の日々-

1315454624003.jpg
たかばたけ茶論

1315454628365.jpg
春日大社でいただいたお守りと娘二号。娘一号が着ていた服を着せると、本当にそっくり

夏休み四週目。この週は、娘一号が敦賀に行っていて、家の中はとても静かだった。

8日(月)
娘一号は、義両親と敦賀に出発。午前中に出たのだが、下道で行ったらしく、到着は夕方だったとか。
娘一号がいなくなって家の中はとても静か。

9日(火)
大学に娘二号を連れて行った。先生方に休業前に、お祝いをいただいていたので、ガトードボアの焼き菓子を内祝いとして持って行った。でも、先生方は、お祝いをくれたのを忘れてしまっていたようだった。
大学に、女性のための休憩場所ができていて、そこで授乳した。すごく助かる。 私が学部生の頃は女子トイレが偶数階にしかなかったりして、女性のための施設なんかほとんどなかった。隔世の感がある。

10日(水)
研究室の後輩二人が家に遊びにきた。レンズ豆のカレーを作って、かき氷作ってあげた。田舎のおばあちゃんが孫をもてなしている気分。
後輩君が研究のモチベーションがわかないと愚痴をこぼすので、「大丈夫、私がついているよ。卒論なんかで鬱はいってたらもったいない」と、めっちゃ慰めた。 半分、私は私のために言っていた。大丈夫、大丈夫よ。

11日(木)
午後からは図書館に行って、本を読んでいた。
八月は小説ばかり読んでいた。こんなに小説ばかり読んでいるのは、いつぶりだろう。家には、休業中に読むはずだった専門書や論文が山になって待っているのに。
小説を読むと少し後ろめたい。私のような労働者階級の人間にとって、小説を読むというのは少し背徳感のある行為で、隠れてするもののように感じている。小説を堂々と読むことができるのは、深い洞察力と教養、鋭い感性のある高等遊民だけだと思う。私は多分そういう存在になれないし、娯楽として小説を消費することしかできなくて、今後もきっとそうなんだろう。って、もやもやと考えていることを改めて書いてみると、自分の自尊心の低さと自己憐憫で死にそうだ。あゝ、もう。誰かに、私にだって小説くらい読む権利があるだろう、好きなように読めばいいじゃないかといってほしい。大人と話していない時間が長いと、自己肯定感が低くなる。娯楽も大事っていうことで、自分をごまかしておく。

12日(金)
入江泰吉奈良市写真美術館へ。昭和の奈良の写真展をしていたのだが、奈良は変わっていないところが多くて、現状との比較が容易だ。昭和の素朴な子どもの表情がかわいらしかったり、今では乗ってはいけない石舞台古墳にたくさんの人が乗って記念写真撮っていたりして、面白かった。
帰りに、たかばたけ茶論でお茶した。 今まで何回か行こうとしていたのだが、定休日だったりして行けなかったのだ。たかばたけ茶論は、志賀直哉旧邸の音なりにあるお庭が素敵なカフェ。大きな松の樹がお庭に影を作っていて、涼やかで静かだった。

13日(土)
娘一号が敦賀から帰ってきた。夜ご飯は、また餃子。せっせと作った。義両親においしいと誉められた。 醤油に漬け込んだにんにくを使ったのがよかったようだ。

14日(日)
娘二号は生後三ヶ月になった。春日大社に娘二号のお宮参りに。お宮参りは、本当は生後30日でするらしいので、かなり遅れぎみだが。ご祈祷は、巫女さんの舞いが見れて、楽しかった。邦楽の生演奏もまた楽し。娘二号も厳かな雰囲気を感じとったのか、お祓いしてもらう時は何やら神妙な顔をしていた。
お昼は、ラ テラスという若草山の麓にあるフランス料理のお店に連れて行ってもらった。どのお料理も、繊細な味わいだった。最後のデザートプレートのチョコレートには娘二号の名前と共に「お誕生おめでとう」の文字。デザートプレートには女の子の好きなものしか載っていなくて、見ているだけで楽しい。
義両親が帰った後、娘一号は寂しくなって号泣していた。お父さんもお母さんもここにいるのにね。娘一号はたくさんの人に愛されながら育っていると思う。

|

« 提出し忘れていた夏休みの日記3 ー三姉妹のおかあさん役をしていました | トップページ | 提出し忘れていた夏休みの日記5 ー無為に過ごした日々ー »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 提出し忘れていた夏休みの日記3 ー三姉妹のおかあさん役をしていました | トップページ | 提出し忘れていた夏休みの日記5 ー無為に過ごした日々ー »