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2012年3月

2012年3月21日 (水)

小さく地域内でお金をまわして、電気をつくる

先日、「エネルギー自立のまちづくり」というセミナーに出た(セミナーの講師は、京大の諸富先生と滝川薫さん)。興味深い内容だったので、少し紹介する。セミナーで聞きかじった内容を踏まえて書いているだけなので、事実誤認などがあったらご指摘くださいm(_ _)m

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1. フライブルク市の取り組みについて

(1) きっかけ

 フライブルク市がサステイナブル・シティに取り組むきっかけは、1970年代の原発建設計画。
 1986年のチェルノブイリ原発事故を受けて、市議会で全会一致で原発依存度をゼロに引き下げることを決定し、市独自のエネルギー供給構想を議決した。
 フライブルク市の良いところは、自分達の地域から原発を廃除して他地域に持っていくのではなく、原発なしの世の中をどうやって作っていったらよいのかを市を挙げて模索したことである。だからこそ、環境首都と呼ばれる都市になった。

(2)太陽光発電

 フライブルク市では、ソーラーパネルが設置可能な屋根の情報をまとめている。
 市のWebサイトで、自分の屋根がパネル設置に適しているかをチェックできる。
 パネルが設置できない人のために、市は公共施設の屋根などのスペースを供給している。
 2009年時点で15MWを発電している。これは、需要の1.1%にあたる。

(3)現状の原発依存度

 フライブルク市の原発依存度は60%から20%にまで低下した。
日本では地方自治体がエネルギー政策にまったく関与できないし、それが当然だと考えられてきた。フライブルク市では、自治体が地域からエネルギー政策を持続可能な政策に転換しようとしている。

2.長野県飯田市の取り組み

 日本でも、地域内で使う電気を地域で作るという取り組みをしているところがある。長野県飯田市の取り組みはその先進的な事例。

 飯田市にある「おひさま進歩エネルギー(株)」は、地域から出資金を集め、太陽光発電と省エネ事業に対する投資を行う。売電し、出資者への利益分配も2%以上を計画している。第一期には、わずか二ヶ月あまりで募集額の2億が集まった。

 おひさま進歩エネルギーの「おひさま0円システム」。
 このシステムは、地元の信用金庫の支援を受け、一般住宅に太陽光発電パネルを設置するというものである。各住宅から中部電力に売電し、おひさま進歩エネルギーに9年間にわたり、月額19800円を支払う。住民は初期費用なしに太陽光パネルを住宅に設置することができる。

 飯田市で地域連携による太陽光発電システムの普及が成功した理由
  1.行政のバックアップ
  2.地域が元気になる仕組みづくり
  3.飯田市の地理的特性と自治意識の高さ

 日本では、地域一社独占型の大規模な発電による安定供給が行われてきたが、福島原発の事故により安定していないことが露呈した。再生可能エネルギーは不安定であるが、地域それぞれの特色に合わせた事業の余地がある。そのためには、太陽光や風、水、地熱といった自然資本を活用すること、自然資本を活用するためのシステムを作る人的資本、人々を結びつける社会関係資本が大事である。

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【個人的な感想】

 うん、ドイツは素晴らしいね。わぁいフライブルク、t80935、フライブルク大好き。
 でも、日本とヨーロッパでは制度が違いすぎて、参考にするには超えないといけないハードルがたくさんある。

 日本では電力会社の力がとても強い。法制度でしっかり守られている。

 たとえば、今までの環境アセスメントの手続きが終わった事例を見ても、原発立地を退けることはできなかった(原発立地に関わらず、現状の法に基づく環境アセスメントでは大規模開発そのものをやめさせることはできない。軽微な変更を指摘するだけ。アワスメントなんていう駄洒落が言いたくなる人の気持ちもわかる><)。原発訴訟も原告側は負け続けている。

 今の福島原発の事故の状況は、一般市民の声を政策に反映させるための法的な制度をちゃんと作ってこなかった「ツケ」だと思う。市民の声を反映させる制度がなかったから、一般市民は政策に興味を持たない人が多かった。福島原発事故以前に、電力会社が大きな資本を作り、大規模な発電をするのに疑問を持っていた人って、ほとんどいなかった。福島の事故以降、原発にまつわるぞっとするような、でも、あまりにも杜撰なニュースをたくさん見かけるようになった。私たちの社会は、これらを放置してきてしまった。
 
 今、市民の声を政策立案者に届ける方法が、署名、デモ、訴訟くらいしかない。訴訟は、一般市民にとってかなりリスクが高い。パブリックコメントやワークショップ、タウンミーティングなどもされるようになってきたが、それの法的な後ろ盾は薄いんじゃなかったかな(ごめんなさい、ちゃんと調べます(>_<)) 

 こういう状況の中、一般市民は、電力に対して何もできないのではないかと暗澹たる気持ちになる。だが、現状の制度下であっても、長野県飯田市の地域発電の事例は、地域で使う電気を地域内で作るというやり方がありうるということを示してくれる。飯田市の事例は有名であるようだが、私は知らなかった。

 長野県飯田市の日照時間は長く晴れの日も多いらしい。といっても、他の地域の何倍もというわけではない。飯田市の事例は、大規模資本に頼るのではなく、地域内でたくさんの人から小さいお金を集め、それを元に発電し、利益を出して、出資者に分配金を支払っている。すごい。
 
 今後、できるだけ電気に頼らない生活を目指し、節電を心がけないといけないのだろうと思う。だが、今の私達の生活は、電気を前提として成り立っており、電気無しの生活はできない。電気がないと、生存そのものが脅かされる人々がたくさんいる。先日、会った重度障害のあるお子さんのいるお母さんは「子どもは痰の吸引機がないと息ができなくなってしまう。停電で吸引機が使えなくなるのが怖い」と言っていた。他にも熱さや寒さでも人は体調が悪くなったり、亡くなってしまう。

 福島原発の事故後、電力会社が大規模に電力を発電するのは、もう安定した電力供給のやり方ではなくなってしまった。今後は、電力会社の電気は停電する可能性がある、特に大災害の時には復旧に時間がかかるというのを念頭において対策を打っておこないといけないように思う。今後30年の間に発生する可能性が高いと言われている東南海地震の際には、太平洋側に多数ある火力発電所が壊れる可能性がある。そうした大規模災害時も含めたエネルギー施策の一つが、こういう地域内でお金をまわして地域内で電気を作るというやり方なのではないかと思った。

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参考 

スイス在住の環境ジャーナリストの滝川薫さんのブログ。小規模な再生可能エネルギーに関する情報を発信しておられます。 / “滝川薫の未来日記

飯田市で太陽光発電事業をおこなっているエネルギー会社 おひさま進歩エネルギー株式会社

停電弱者。 - hituziのブログじゃがー 

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2012年3月 3日 (土)

脆性破壊したから治そうとしている

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仕事を再開してからここ数ヶ月の私の精神状態について。といっても何があったわけでもなく、コップの中の嵐のようなものなんだけど。

自分の精神状態というプライベートなことをワールドワイドに知らせようとするのって一体なんなの?馬鹿なの? 死ぬの? という感じかもしれない。でも、自分の心をきちんと整理して、同じことを繰り返さないために、誰かの眼にとまる場に文章を書きたかった。それに、インターネットというのはパブリックな場だが、私が好きなことを私の責任の範囲内で書いてよいスペースである。というわけで、自分語りを許してください(てへぺろ(・ω<) ←使ってみたかったけど、使い方が間違っているような気がする(>_<))

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この半年間、私の精神状態はちょっとひどかった。

一日のうち、数時間程度、気持ちが落ち着かなくなった。職場でひとしきり作業をしてファイルを保存する時、電車の中で車窓から流れる景色を眺めている時、保育園にお迎えに行って子どもをベビーカーに載せる時、夕ご飯を作って「さあ食べましょう」という時、そういうふっと心に隙間ができた瞬間に、液状の何かが一滴入り込む。そして、その一滴は、あっという間に気化して、心全体を靄で覆う。

心がこの靄に覆われると、視界がひどく狭くなって、いろんなことが不安で不安で堪らなくなった。今、私は取り返しのつかないことをして、私の子どもたちを大きく損なっているんじゃないのか。 私のような中途半端な存在は、この先、どこにも居場所がなく、誰のことも助けられず、まともに何かを為すことはできないんじゃないか。この世の中にとって、私はいなくなった方がいいんじゃないか。そういうネガティブな思いに囚われた。

私にとって、大事なものは何なのかが分からなくなっていた。仕事なのか、子どもなのか、家庭なのか、大事な人は誰なのか、大事な問題は何なのか。今やっていることに意味があるのかどうかもよくわからなくなっていた。

気持ちが塞いでいない時は、何かしら手を動かしていた。でも、私は優先順位をうまくつけることができなくて、その結果、職場でも家庭でも、生産性が低くて効率が悪かった。だから、なおさら黒い靄に心が囚われやすいという悪循環に陥っていたのだと思う。

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生活の変化に心がついていっていなかった。産後でホルモンバランスがおかしくなっている影響も大きかった。夜の授乳のせいで、睡眠が細切れになっているのもある。家事や子どもの世話、お迎え、授業参観などの行事といった事前にわかっているものだけでなく、子どもの病気、学級閉鎖といった不可避のものに不意に時間が大量に奪われるのも辛かった。

精神状態だけでなく、体の調子もおかしかった。髪の毛が大量に抜けた。いつも疲れていて眠くて、眼の下のくまが深く深くなっていっていた。この半年で、一気に老けこんだよう思う(とはいっても、私は元々の顔のつくりがへらへらしているので、ぼーっとしているとか、何も考えてないというふうに思われていたようだけど)。

こういう状況は一過性のもので、慣れればましになるものだとは思う。でも、この数ヶ月の負荷だけで壊れたんじゃなくて、長い年月をかけてゆっくりと脆性破壊したんだと思う。破壊が起こる前に、非破壊検査をして、自分の問題箇所を発見して、補強しないといけなかった。子育てと仕事の復帰という大事な時期に、負荷に耐えられなくなった。いつでも、最悪の事態は最悪のタイミングで起こる。

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さて、と。ねちねちと自分の不安について書いているが、今、私が置かれている状況はさほど酷いものではない。

結婚して家族がいる。オットは優しく明るくよくできた人で、夫婦仲が特に悪いというわけでもない。彼は私のすることに関して「君のしたいようにすればいい。僕はできる範囲で支援するよ」と言ってくれている。言葉どおり、彼は彼のできる範囲で、家事も育児もしてくれている。ただ、彼は仕事が忙しいため、平日は終電でしか帰って来なくて、土曜日もいない。

二人の子どもたちは心身ともに健やかに育っている。上の子は、顔も性格もオットによく似ている。小学一年生になって、しっかりしてきた。下の子は、大人しく育てやすい子で、保育園にもよく馴染んでいるようだ。離乳食もよく食べるし、よく笑うし、よく動く。

仕事も、給料は少ないし、任期に期限があるとはいえ、自分のやりたいことをさせてもらえている。私の今までの経歴もムダにはなっていない。

これ以上、私は、いったい何を望んでいるのか? 恵まれているだろ?

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一時は、不安を安らげるために、寂しさを埋めよう、埋めようと必死になっていた。

でも、寂しさは、底が抜けているから決して埋まらない。土運船で大量の土砂を投入して海を埋め立てるように、莫大な努力と膨大な時間をかければ埋まることがあるかもしれない。でも、それでは埋めたて作業だけで人生が費やされしまう。それに、寂しさの埋めたては、余剰を使ってするもので、必死になってするものではない。こんなに必死なのに、後に残るのは疲労感だけなんて、不毛だ。そして、この必死さは、自分だけでなく他人まで引きずり込んでしまう。最低だな。

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先月末から、調子が少しましになってきた。相変わらず心がざわつく時があるし、ぽろぽろと涙が止まらないこともある。でも、「私、今、調子悪くなってんねんな」って思いながら、呼吸を整えて自分の気持ちをしばらく観察していると、心のざわめきを短時間で収えることができるようになってきた。もう少ししたら、もっとうまく自分の気持ちをハンドリングできるようになると思う。

調子が少しましになってきたのは、自分自身の問題に向き合うようになったから。あることをきっかけに、自分の意思で自分を変えないといけないというのをやっと自覚した。この自覚がまずスタートラインで、ここに立つまでに無駄に長い時間がかかった。次に、第三者に話を聞いてもらい、私の置かれている状況を整理した。したことは、これだけ。

これだけなんだけど。自分の状況を整理して、違う角度から自分のことを見てみたら、この30年間あまりの思いこみが間違っていることに気づいた。

私は自分のことをずっと「失われた子ども」だと思っていた。どうしてそう思い続けていたのかとかは、書きたくない。愚かだったかもしれないが、子どもだった私は、そう思っても仕方がなかったと思う。でも、角度を変えて見てみると、私はみんなに大事に護られて育てられていた。

私は、ずっと子どもの目線からしか、自分の状況をみることができなかった。みっともないことだけど、私は可愛そうな子どもの自分になりきって、箱の中で膝を抱えて泣いていた。自分で自分に価値を見いだすことができなかった。他の人たちにとって、私はいてもいなくても同じなんだと思っていた。見捨てられたくなくて助けてほしかったのに、声の出し方がわからなくて、誰にも気づいてもらえなかった。条件付きの肯定ではなくて、自分のことを全面的に肯定してほしかった。

でも、大人の目線から自分の状況を見てみると、過去の自分はちゃんとみんなに護られていた。大人になった私は、泣いている子どもの自分をぎゅっと抱きしめて、「大丈夫、周りの人は、t80935のことを大事だと思っているし、必要としているよ。いない方がいいとか思わなくていいんだよ」と言ってあげられる。あー、自分で書いた文章なのに、すごく気持ち悪くて鬱陶しいですね☆彡 だけど、多分、自尊心とか自己肯定感ってそういうことなんじゃないか?

翻って自分の状況を見直してみると、改めて考えるまでもなく、今の私にとって一番大事なのは、私の子どもたちだと思う。私の子どもたちが自分の世界を自分で確立させるまで、私は子どもたちの依存を受け入れる。私は、そのことを前提にして、自分のことを考えていこう。

私の子どもたちは、自分を「失われた子ども」だと思わないで育ってほしい。もし、彼女たちがそう思うことがあったら、私はいつでも子どもたちの不安に気づいてあげられるようにしたい。

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気持ちが少し安定したきっかけは、もう一つある。

大事な友人から「春から新しい場所に移って新しいことを始める」という連絡が来た。勝手な思い込みかもしれないけど、私は、その友人と自分がちょっと似ているところがあるように感じている。私に似た友人が頑張っているんだから、私も頑張りたい。

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はー。長々と「自分」の内面に関する鬱陶しい文章を書いた。もし読んでいる人がいたら、変な面倒くさい文章を読ませてしまい、ごめんなさいm(_ _)m

この数カ月で分かったことは、苦しい時期ほど、自分にきちんと向き合わなかった長年のつけを払わされる羽目に陥ること。そして、世界を革命する力(copyright少女革命ウテナ)は自分の中にあるということ。

あゝ、なんて陳腐な(>_<) でも、陳腐でつまらない普通の人生こそが尊いもののように思う。このありふれた日々のありがたみを噛み締めよ。いつでも、本当に大事なものは案外傍にあるらしいよ。

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