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2012年4月

2012年4月25日 (水)

箱の中から出られなくなった

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箱の中から出られなくなる夢をみた。

ふと気がつくと、目の前に、私の体がちょうどすっぽりおさまりそうな大きさの箱があったので、なんとはなしに、箱の中に入ってみた。

入ると、中は真っ暗で、暗闇と自分がまじりあって、自分の存在があやふやになった。

このままここにいても仕方がないと思い、箱の外に出ようとするのだが、自分から中に入ったのに、どうやって出ればよいかわからない。

ああ、私は誰にも見つけてもらえないまま、箱の中で人生を終えるんだなあ、でも、それも仕方がないよねと思いながら目をつむった。

目が覚めた時、なんだ、箱から出られたのかと安心したような、残念なような気持ちになった。

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私は、昔から、気に病んでいることをそのまま夢で見る。

今、疲労のせいか、胃の調子がおかしくて食欲がない。食欲がなくても、お母さん業として子どもたちにご飯を食べさせないといけないし、下の子には授乳もしているのでご飯も食べないわけにはいかない。仕事も溜まっているし、研究も、いろいろと……(ううぅっっ(;_;))。

そういう現実から逃げ出したいというのが「箱の中に入る」ということなんだと思う。わかりやすいなあ。

私は基本的にダメ人間なので、逃げたらそのまま帰って来られなくなる気がする。夢の中でも、箱から出られないのを仕方がないと諦めていたし。私の子どもたちは、そんなダメな私を現実につなぎ止めてくれる大事な存在だと思う。

生きるって事は”罰”なんだねってことかなって思います。生きているんだから、日々の生活のこまごました事柄を、ひとつひとつ、丁寧にこなすしかないのよね。

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2012年4月 1日 (日)

流れるようで積み重なる日々

先日、こんな夢をみた。
オットとはまだ結婚していなくて恋人同士だった。一緒にどこかに出かけ、オットは私を家まで送ってくれた。家には私の子どもたちが待っているからと、途中のコンビニでお土産にアイスクリームを買ってくれた。やさしい人だなと思った。
多分、ここしばらく、オットと一緒に家で過ごす時間が短いせいで、こんな夢を見たんだと思う。なんだか少し寂しかった。

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前々回の記事を読んだオットから「脆性破壊は、急激に壊れる破壊ですよ。あなたの状態は、疲労破壊かな?」と指摘があった。んー。なるほど。私はちゃんと材料力学を理解していないということだな(>_<)
というか、指摘する点はそこだけでいいのか?

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オットと結婚して10年がたった。
私のオットに対する認識は、10年前とあまり変わらない。
オットのよいところは、他人に踏み込まないところと、他人がどうであろうとペースをあまり崩さないところ。オットは健全な精神の持ち主で、自分の決めた規範に従う正義の人である。よい会社員、よい隣人、よい父親、よい夫として振る舞うことを重んじる。
私が調子を崩している時は、もうちょっと踏み込んでほしい、一緒に疲れてくれほしいって思ったりする。でも、調子を取り戻した後でよく考えると、踏み込んできてくれなくてよかったと思う。
何かに依存できると、その瞬間はとても楽になる。でも、依存が常態化すると、依存させてもらえない時に事態はなおさら悪くなるし、自分の無力感を強く感じてしんどくなる。だから、結局のところ、楽に生きるためには、できるだけ他人に依存しないで自立して生きられるようにしないといけない。ということで、オットの態度はそれでよいのだと思う。

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オットは、私の考えていることがよくわかるという。オットからすると、私は単純で、感情が周りに筒抜けなのだそうだ。
そうであるなら、私のこのぐちゃぐちゃの感情を全部おもてに出して、すべての要素をラベリングして、図書館のようにきれいに整理して私に見せてよ!と思ったりすることもある。めちゃめちゃ身勝手だ(>_<)
でも、ぐちゃぐちゃだと思っているのは私だけで、傍からは、単純なところで立ち止まっているように見えるんだろう。私はもうちょっと自分を客観視できるようにならないといけない。

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オットと話をしている時に、育ちの違いが考え方に大きく反映されているのを強く感じることがある。育ちは変えられないのだから、私は、この先、この人とわかりあえないのかもしれないと思う。そう思うと、少しだけ苦しくなる。
でも、ある部分ではわかりあえても、他の部分ではわかりあえないというのは、夫婦であっても普通のことなんだろう。家族になろうと決めたのだから、分かり合えないからと断ち切ってしまうのではなく、どうにかこうにか折り合いをつけていくのが大事なんだろうなと思う。

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この10年で、家族が2人から4人に増えた。引越しは3回した。たくさんのものを買って消費して、家の中のものも増えた。陳腐な表現だが、この10年間は長くもあったし、短くもあった。日々が流れて行ってしまったようにも思うが、日々を積み重ねることで家族としての関係も強固なものになってきたようにも思う。
今後も、時折、メンテナンス(点検、修繕、整備などなど)をしながら、より良い2人の関係を築いていきたいと思う。改めて、初心に戻って、どうぞよろしくって感じです。

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