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2012年6月19日 (火)

紹介:チェルノブイリで起きたことはすべて起こる

チェルノブイリで起きたことはすべて起こる

  • 被害の過小評価・過小予測、それによる防護措置の遅れ
  • 安全宣伝、正常バイアス、および「安全・安心」に同調しない人々への不当なバッシング
  • 一方で、リスクの過大評価、流言、過剰反応など
  • 被害者、犠牲者、受苦圏の分断:地域的な分断の場合もあれば、「認定制度」による切り分けも起こる、自治体による対応の極端な違いも生じる。
  • 家族や地域社会のなかでの軋轢:食生活や疎開移住をめぐる方針と判断の食い違い、学校の対応と親の考え方の齟齬など
  • リプロダクティブヘルスの阻害、とりわけ妊娠・出産をめぐる葛藤
  • サマショーロ、すなわち避難勧告や命令に従わず故郷に残留したり戻ってきたりする人々
  • 希釈政策:汚染濃度の高い食品や物品を市場に還流させるために、汚染濃度の低いものと混ぜ合わせる行為を行政が率先して行うこと。
  • 「放射能に効く」と称するあれこれの薬剤や食品や方法、その噂話と売り込み
  • リスクの転嫁(その1):汚染物の広域処理(つまりは拡散)
  • リスクの転嫁(その2):海外とりわけ途上国への汚染食材輸出
  • 被害認定、賠償・補償を求める交渉や裁判の長期化、そして司法判断の不一致。

(中略)

 放射能は目に見えない、臭いも音もしない脅威であるがゆえに、危機の受け止め方にどうしても個人差が生じ、そこに為政者や共同体からの圧力が加わって、心理的負担が増幅される。

 そこに為政者や共同体からの圧力が加わって、心理的負担が増幅される。

 そこに経済的な負担が重なり、「気持ちの問題」では片付けることはできなくなる。

 いきおい、社会的弱者へのしわ寄せも起こりやすくなる。

 医学や行政が円滑迅速に対応しないことで、軋轢はさらに増幅されてしまう。

 これらは、一見すると「起こる必要のない」「起こってはならない」ことに思えるが、しかしほぼ必ず起こることであり、未然に防ぐことは困難である。

 当事者以外からみれば「必要のない不安」や「根拠のない不安」と決め付けられがちであるが、社会的な格差をともなう属性や行政施策によって課せられた条件によって増幅される以上、実質的な被害であり、ましてやそこに健康被害も重なっていく危険が加わる以上、明確な受苦の構造をみてとるべきだろう。

引用元

細川弘明:「ポスト・フクシマ時代の社会的公正への視座」、環境教育学 社会的公正と存在の豊かさを求めて、井上有一・ 今村光章編、法律文化社、p89-p90、2012.4.5

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