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2012年11月 3日 (土)

わすれます わすれます. なにもかも わすれます

 「大島弓子が選んだ大島弓子選集」を少しずつそろえている。

全巻で7巻だから一気に揃えてもいいのだけど、自分の読むペースに合わせて買いたいから、何かがひと段落したら自分へのご褒美として買っている。安いご褒美だ。

私は大島弓子の物語を偏愛している。私が大島弓子を愛してやまないのは「救われる」気がするから。物語の中に救いを求めるというのは、読み方として稚拙なんだろうけれど。

大島弓子は、怖いことをさらりと描く。ぼやぼやしていると、時々、心を抉りとられる。でも、最後に、なんらかの解決をもって物語は終わる。その解決に私は救われるように思う。

大島弓子は、重いものを軽く、軽いものを重く描く。 その対象の扱い方に救われるようにも思う。どんなヘビーな内容でもやさしい浮遊感がある。

今回買った選集第5巻「ダリアの帯」は、ちょっとすごかった。

青年期に戻る痴呆症の老人、中絶により精神に不調をきたす新妻、宇宙人と寄り添う彼は精神科に入院している……。どの作品も、世の中と折り合いをつけられない人達ばかり。死の匂いのするお話も多かった。

表題作の「ダリアの帯」は、特にすごかった。 読み終わった時、心が遠くに持ってかれた。

他の人に惹かれていく夫、流産を機に発狂する妻 黄菜(きいな)。

黄菜が病んでいく過程が怖かった。黄菜は少しずつ少しずつ病んでいくんだ。冷蔵庫を開けて、ぼーっとしていたら、すごく時間がたっていたとか。 家に来てくれた生母に、自分が感じていた母との確執を訴えるとか。気持ちが離れたオットへの妄執とか。

恋をしたことのある人なら誰でも知っていると思うのだが、妄執は本当に辛い。双方向の愛は美しいものであったのに、一方通行の愛は醜いものになる。愛されないことも辛いが、愛を受け取ってもらえないことはもっと辛い。自分に愛を向けていない人に執着する自分は醜い存在だと思うから、すべてを無しにしたい、忘れたいと願う。その忘れたいという願いがまた心に負担をかけて、心を狂わせる。

「わすれます わすれます. なにもかも わすれます. なにもかも わすれて. 生きなければなりません」

黄菜が狂うきっかけは、中絶と夫の浮気かもしれないけれど、2人のおうちという閉ざされた空間、若くして結婚して世の中と繋がっていないことなんかが、狂いの下地になっていったように思う。閉じた世界は、逃げ場がない。

最終的に、夫は狂った黄菜の愛を受け入れて、2人で山奥で農業をして暮らす。夫は60歳まで生きて、死体は黄菜に埋められる。

黄菜はその後も年を取らないまま、生まれなかった子ども、死んだ夫、森羅万象と会話をして暮らす。閉じた空間によって培われた狂気が、自然の中と調和して、物語は終わる。

こんな怖い話なのに、ふわふわしたハッピーエンドというのがすごい。

現実世界だったら、旦那さんはじめとする周囲の人の初期対応がまずかったと思うし、二人で山奥で暮らすなんて、妄想や幻聴がひどくなるの当然じゃないかと思う。

現実世界ではありえないし、暴力的だとすら思うのだが、二人の閉じた世界が自然と調和するという終わり方はとても美しいし、羨ましい。私も、愛する人と二人で、閉ざされた世界でままごとみたいな日々を過ごしたいもの。愛する人が亡くなったら、お葬式なんていう社会的な儀式をしないで、土に戻したいと思うもの。

■参考

忘れます忘れます 大島弓子「ダリアの帯」

くるしいほど好き

大島弓子さんの「ダリアの帯」を読む - 賽ノ目手帖 -

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コメント

要約を見ただけで、言葉では言い表せない感じがするね。なんだろ。妻を大切にしたいと思った。

投稿: マーシー | 2014年1月 4日 (土) 17時13分

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